昨日は「ラストマイル」の放送日だった。全編ノーカットという触れ込み。
CMはどうするんだろうなあと思っていたら、実にうまいこと9時半過ぎにまとまって入れてあった。おかげで後半は途切れることなく見ることができて大変よかった。
あれはプロデューサーの塚原さんが仕切ったんだろうか。「がらくた」(米津玄師による主題歌)の挿入も、劇場版とは違うタイミングだったのだが、まったく違和感なかった。すごい。
劇場公開されたときに2回観に行った。初回はどうしても把握しきれないことが多いので、1回予習してから観たのである。
あの時も観終わって重たいものが残った。
もともと私はあまり通販を利用しないほうなのだが、それでも今後の通販利用について考えてしまった。
あんまり安易にポチポチするのもよくないよなあ、でもそれで商売してる人がいて、配達を仕事にしてる人もいて、経済がどうたらこうたら、って考えたら、答えが出なさすぎて思考停止した。
もしあんなふうに無作為に選ばれた商品が手元で爆発したら、もう二度と段ボールを開けることができなくなりそうだ。絶対にそんなことは起きないとは言い切れないところが怖いところ。
重い、しんどいと思いながら結局最後まで食い入るように観てしまったよ。
岡田将生さんが演じる「梨本孔」は、「欲しいものは何もない」という。
そこそこ食べて暮らしていければそれでいいんですと。
劇場で観たときも、テレビで観たときも、そこに強く共感した。
「欲しいもの」がないわけじゃないと思うんだけど、でも今の生活の中でどうしても欲しいと思うようなものがない。生活に必要なものは「欲しい」というより「必要」だから買う。
本や映画のDVDには「どうしても欲しいもの」はあるんだけど、それ以外はあんまりないのだ。
「美味しい物を食べたい」とか「好きな服を着たい」とかもないし、グッズを集めたいという欲もない。
先日ついにカミングアウトしてしまったのだが、私は演劇公演などにおけるグッズにまったく興味が持てない。だからそういうものを買うということがなくて、買うとしたら「応援の気持ち」でなんとか実用性のあるものを選ぶ。
いわゆる「かわいいもの」を手に入れたいという気持ちが、今はほぼ存在していない。
若い頃は多少はあったんだけど、たぶん年を取ったせいだろう、ほぼ消滅してしまった。
生活便利グッズにも興味がない。
だから、通販番組を見て即座に申し込むという人の気持ちがわからないし、バーゲンに殺到する人の気持ちもわからない。グッズを買い集める人の気持ちもわからないのである。
楽しそうだよなあとうらやましく思うところもあるんだけど、たぶん私の「欲しい」はものすごく範囲が狭いのだと思う。
映画を観た時も思ったんだけど、ブラックフライデーって不思議なシステムである。
まあ要するにバーゲン期間ってことなんだろう。欲しいと思っていたものが安くなっているから買う、というならまだわかる。でも、その逆、安くなってるから買う、っていうのがどうしてもわからないでいる。私は買い物がストレス発散にならない。むしろ買い物が苦痛、買い物すること自体がストレスになる。だからなるべく買い物に行かなくても済むように暮らそうとしているのである。
あの映画は通販会社が舞台になっていたから、どうしてもそっちの方を考えてしまうけど、物流ってそれだけじゃないわけで。ありとあらゆるものが物流によって支えられている。毎日トラックは走っているし、いろんな配達の車もたくさん走っている。そういう社会なのだ。
そんな中でどうやって生きていけばいいのか、あの映画を観ていると怖くなる。怖いまんま終わる。
物価がどんどん上がっていくこともあって、私は必要最小限のものだけを買うことでかろうじて暮らしている。
手すりを越えて飛んだ山崎佑の気持ちが他人事じゃないレベルで迫ってくる。
そして彼が最後に見た景色(ゆっくり動き出すベルトコンベア)に感じた絶望がひたひたと押し寄せてくる。