人生会議の日 | 10月の蝉

10月の蝉

取り残されても、どこにも届かなくても、最後まで蝉らしく鳴き続けよう

「いい看取り」で人生会議の日なんだそうだ。

人生の最後をどうやって終わるか。死んだ後のことはどうするのか。

そういうことを話しておくことは大事なことなんだが。

今のところ病気もなくて、なんとか健康で毎日を過ごしているので、なかなか想像しづらい。

エンディングノートを書こうと思ったこともあるのだが、ふわふわしていて結局書けていない。

 

自分より先に親が逝くと思うので、そっちのほうを先に考えないといけないのかもしれないな。

今、実家の親は弟が面倒をみている。かなり高齢になっているが、それなりに生活はできているようで、これまたどうなることやら想像もつかない。

 

そもそも先のことを考えるのが苦手なんだよな。

その時にならないとわからんじゃないか、と思ってしまう。

きちんと後始末をつけて逝くのがかっこいいと思うんだけど、じゃあ、いつ、どうやって、となると急に霞が掛かったようになってわからなくなる。

いつ死ぬかわかればいいのに、とすら思う。

今はまだ、我が事に思えないからだめなのかもしれないな。

気がかりなのは大量の蔵書だが、この処分を考えるだけでもうわーってなってしまってどうにもならない。

 

せっかく「人生会議の日」なのだから、改めて考えてみようと思ったけれど、やっぱりまだ無理みたいだ。