思い出し感想記2~「KAN・KON・SOU・SAI」について | 10月の蝉

10月の蝉

取り残されても、どこにも届かなくても、最後まで蝉らしく鳴き続けよう

昨日の続き。

劇団イン・ノートによる「KAN・KON・SOU・SAI」のこと。

覚えている限りを書き留めておこうと思う。

 

これ、「冠婚葬祭」なのね。実は最初わかってなかった(笑)

餓鬼の断食の「或る解釈。」は舞台上がもうとてつもなく雑然としてて(散らかった部屋の中という設定だったので)転換の時にガキダンの人たちが大急ぎで撤収してたわけですよ。

大変そうだなーなんてぼんやりして、(休憩中だったので)ちょっとスマホ見てたらいつの間にか始まってて焦った。

全然別の場所かと思うほど舞台上には何もなくなってて、4人の役者さんが舞台上にいた。

3人は寝てて、1人は座り込んでる態勢。

え?と思ったとたんに音が鳴って、4人が動き出した。確か、拍動のような音がしてたんじゃなかったか。それに合わせてゆるやかに、しなやかに動き出す。

何が起きるんだろうと目をこらしていると、ダンスのようなムーブメントのような一連の動きがあって、また元の態勢に戻る。それを3回?4回くらい繰り返してて、どうするんだろうと思ってたらふいに1人がどこかを叩くような動きをして「カン!」と音が鳴った。次の1人は歩いていたらふいに「コン」と音がして、これは何かを踏んだようだった。その次の人は「ソウ!」という音で、最後は手を合わせて「サイ」という音。音なのか声なのか、なんにしても、特定の動きをするとその音が出るということが判明したのがわかった。

で、「カン・コン・ソウ・サイ」と。

ずっとこういう感じで行くのかなあと思っていたら、突然具体的な場面に移った。

 

最初は、上下に分かれた2人。上手の人は下を向いてる。下手の人は上を向いてて、上から青い光が差している。

上手の人はどうやら、「友人を成人式に誘いに来た人」のようだった。下手の人は地面を掘っているような動き。上手の人は「ケイスケ」と呼ばれてて、穴掘ってる人は「てっちゃん」と呼ばれてた。

わりと不条理な状況だなあと思ったんだ、最初。成人式に行こうと友達が誘いに来てるのに、穴を掘ってるとは?って。しかも、熱心に誘ってくれてるのに(どうやら成人式当日という設定らしい)、「あと1メートル掘ったら行くから」とてっちゃんは言う。そして自信満々に「オレはやると言ったら必ずやる男だ」と言うのだ。

どういうことだ?と思っていると、また違うお話に飛ぶ。

次が確か、「結婚式で流す映像を撮ろうとしている2人」の話だったんじゃなかったかな。

新郎の友人と新婦の友人が、「結婚おめでとう」の映像を撮影しようとしている。新郎友人のほうは張り切ってるんだけど、どうも新婦友人の様子がおかしい。

この話も、ふいに途切れてしまい、また別の話に飛ぶ。

次は、「AVを借りに行く話」。どうやら病気で死にそうな友達がいるらしく、彼のためにレンタルビデオ店の18禁コーナーに行こうとしている男3人。そのコーナーに入るまでの葛藤が切実かつコミカルに描かれる。

全然内容とは関係ないのだが、このシーンを見ていて不思議な気持ちになった。

なぜ男の人はそんなにまでして女性の身体を見たいと思うんだろうなって。特に胸とお尻のあたり? パーツなんだなあ。そのパーツを持っているのは1人の人間なのに、こういうエロに関わる状況では常にパーツしか話題にされない。誰のでもいいのかい。そのパーツならいいのかい。

「男なら見たいものだ」という前提が当たり前のようにあって、修学旅行で女風呂を覗くとか覗かないとかの話題も出てたけど、ほんと、なんでもいいんだな、と。

あんまり女性の間ではそういう観点は出てこないよなあとも思う。パーツだけ見たい、なんて思わないもんなあ。若い男性の間でも、そういう前提は当たり前のように共有されているのかと、とても不思議な気持ちになった。

閑話休題。

4つめの話は、どうやらあの世が舞台のようだった。赤ん坊を抱いた女性が一人いる。時期はお盆のようで、この世からお迎えの精霊馬がくるのを待っているようだった。キュウリの馬。

これの表現が面白かったなあ。馬の蹄の音だけじゃなく、高速で通り過ぎるスポーツカーみたいな音もあった。

 

連続ドラマを観ているような感じで、それぞれのエピソードが少しずつ紹介されていき、だんだん事情がわかってくる。

てっちゃんが掘っていた穴は、本当はなんだったのか。あと1メートル、あと1メートルといつまで経っても終わらない穴掘りは、やがて地球の裏側に到達するであろう希望に変わる。

てっちゃんは成人式に行ったのだろうか。行かなかったのかもしれない。ずっと呼びかけていたケイスケは、とても誠実な人に見えたし、てっちゃんの一見前向きに見えた元気さはやがて、悲痛な空元気に見えてくる。

終演後のティーチ・インでは、このエピソードが好きだという意見が多かった。私も好きだ。

青い光を浴びて、上を向いて必死に笑うてっちゃんが愛しくて痛々しかったし、夢中で呼びかけるケイスケをいつしか応援していた。

結婚祝いの映像撮影の話は、男女の感情の温度差が面白かったなあ。現代においては、女性にとっての結婚ってそれほどめでたいわけじゃないんだよねーなんて思ってしまって。

エロビデオを借りに行く話は終始ばかばかしくて可笑しかった。葬式でそのビデオを見るっていうのも、いかにも男同士の友情って感じで。可笑しくも哀しい。

お盆の精霊馬を待っている話は、赤子を抱いている女性の気持ちがちょっとステレオタイプかなあと思ったんだけど、後味のいい終わり方だったと思う。

 

4つのエピソードはつながっているような、つながっていないような感じだった。でもトータルでみんな最後はすがすがしく気持ちの良い結末にたどり着く。

内容もさることながら、とにかく役者さんたちがうまかった。動きもきれいで的確だったし、ちゃんと登場人物が描き分けられていた。

すごいと思ったのはてっちゃんを演じた芝原さんという方だった。あとで演出を担当してる方だとわかったのだが、この方はエピソードごとに顔が違って見えたのだ。

てっちゃんの時は、やたら元気そうで、ちょっとジャイアンっぽい感じに見えたのに、エロビデオのときは高校生くらいに見えた。そして精霊馬の話の時は「娘のいるおじさん」に見えたのだ。ティーチ・インの時に素で喋っているのを見たら、めっちゃ優しげな若者だった。

え、いったいいくつの人なんだ?と思って、思わず帰宅後に劇団のHPを確認してしまった。

 

関西演劇祭の時に、演出賞とアクト賞を受賞してて、なるほど納得のクオリティーだなあと思う。演出はとても好みだったなあ。ああいう、素舞台でマイムだけで表現するのって、技術がないと相当難しいと思うんだけど、あの何にもない空間に確かにいろんな光景が存在していたなあと思う。ケイスケを演じてた中川さんって人はめっちゃうまいと思う。私はああいうタイプの芝居が大好きなんだな。

 

大阪の演劇祭では劇団KIMYOUの「ゴスン」に出会えた。これも強烈な体験だった。

今回は劇団イン・ノートに出会えた。いつもは下北沢で活動しているそうなので、また観に行こうかなと思ったりしてる。

今のところ、劇団で追いかけているのは餓鬼の断食だけなんだが、ガキダンは公演ごとにキャストが変わるからなー。川村さんの脚本だから観たいっていうのはある。

イン・ノートさんは劇団だから、キャストは同じなんだよな。しばらく注目したいと思ってる。