とかくこの世は生きにくい | 10月の蝉

10月の蝉

取り残されても、どこにも届かなくても、最後まで蝉らしく鳴き続けよう

ネガティブな気分になっているのは天気のせいにしておこう。

朝からめまいはするし、なんとなく頭重感がひどくて、何を見ても面白くない。

困ったもんだ。

 

何も見ず、何も考えないでいれば、とりあえず時間は過ぎていく。

時間が過ぎていけばそれだけ退場する時が近づいてくれる。

もうそうやって時間をつぶしていくしかないんじゃないか。

 

私が考えてもどうしようもないことが山ほどあって、それでも情報に触れてしまえば考えずにはいられない。

モヤモヤしたり、憤慨したり、悲しくなったり。

こうやって文章にして整理して片づけてしまえればいいんだけど。

書こうとするそばから「そんなもの書いてどうするんだ」という気持ちもわいてきて、確かになあと気落ちしてしまう。

 

こういうときはやっぱりフィクションの世界へ逃げ込むのがいちばんいいのかもな。

そういえば、加藤シゲアキさんの『Burn』と『閃光スクランブル』を久々に読み返したら、自分でもびっくりするくらい中身を覚えてなかった。読みながら何度も「マジか」と思った。こんなに、カケラも覚えてないってこともあるんだなと。老化現象なのかもしれないけど、初読のような感じがして面白かった。

「良く知っているものを再確認する」というのが再読の楽しみなんだけど、こんなふうに、買ってすぐに読んだきり放置している小説を読み返すと、ほぼ初読の感覚になれるんだというのは新たな発見だった。

これなら読む本はたくさんあるから退屈しなくていいかもしれないな。