朱色の光 金色の香り | 10月の蝉

10月の蝉

取り残されても、どこにも届かなくても、最後まで蝉らしく鳴き続けよう

「秋だからさみしい」は本当だと思う? ブログネタ:「秋だからさみしい」は本当だと思う? 参加中
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ほんとかどうかは知りませんけどね。

秋に感じる寂しさは、たぶん太陽の光の加減が大きいんじゃないかしらね。
あとは、ふっと感じる肌寒さ。
冬みたいにがっつり寒いわけじゃないんだけど、他人のぬくもりに嫌悪感を抱かなくなるような涼しさ。

空気が澄んでくると、感覚がクリアになるような気がする。
感覚がクリアになると、それまで考えなかったようなことを、ふと考えてしまったりする。
そんなときに、ふわっと金木犀の香りが流れてきたら。
あの、ほんのりと甘く、それでいてシュッと研ぎ澄まされた香りは、今が秋なんだってことを明確に教えてくれる。

空を見上げると、やけに空が高く見える。
青く蒼く、どこまでも碧く澄んで、うんと遠いところに薄い雲が張り付いてる。
その透明感は、心もとなさを誘発するんだよね。
心もとない気持ちは、すぐに人恋しさに結びつく。誰かと寄り添いたい、という願望が湧くんだ。
でも、誰もいない。誰もいないと思うとよけいに人恋しさが募る。

秋の午後は、日が傾くのが早い。3時ごろには、なんとなくくたびれた感じのオレンジ色の光になってくる。
夏場なら、うんと遅い時間にならないとこんな角度にはならないのに、秋だと、2時や3時にはすでに低いところに太陽が移動してる。
その、時間と、太陽の位置のズレが、よけいに物寂しさを誘う。

そして、夕方。
空が茜色に染まり、家の影が真っ黒になる。
秋は空の色もビビッドで、その対比の潔さが切ない。


そしてなにより。
夏の名残を完全に克服してないから、覚悟が決まってないのだ。
ついこのあいだまで、暑さで開放的になっていた心を、迫り来る冬に向けて引き締めなくてはいけないのに、うかうかと開きっぱなしにしてる。その空間に、ひんやりした空気が忍びこむから、不意打ちをくらったように寂しくなる。

秋の寂しさと、冬の寂しさは、ちょっと質が違うんだろうな。
秋の寂しさは、甘いセンチメンタリズムの味がする。