ドラマ「南城宴」
第9集 前編
<第9集 前編>
雲韶司の雷初月は、晏長昀以外の男性を客に取りたくなかった。けれども、晏長昀から雲韶司へ払う手当てが先月から途絶えている。雲韶司としては、別の男性客にお金を落としてもらわなければ商売が成り立たない。分かっていても、雷初月はどうしても嫌だった。
晏長昀が駆けつけたのは、ちょうど雷初月が説得されている最中だった。彼は銀子の詰まった巾着を媽媽に投げ渡す。中を確かめた媽媽は急に愛想を良くして部屋を出て行った。
「晏長昀!!」
入れ替わるようにして小強子が飛び込んできた。
「私に痴漢容疑をかけておいて、当の本人は青楼の女郎とイチャイチャですか! 千羽衛の統領としてどうなのさ!」
痴話げんかが始まったかと野次馬が覗きに来る。怒鳴り込んだ側が太監の格好をしているので皆は首をひねるが、ただひとり媽媽だけは彼女が女性だと見破った。
宮中へ帰った小強子は、怒りに任せて晏長昀の部屋に罠を仕掛けた。青雲にもらった暗器を目一杯使い、縄を張ってそこかしこに設置する。そして意気揚々と部屋を出た。
が、遠ざかるにつれ冷静を取り戻した小強子は青くなる。事あるごとに庇い、救ってもらったのに殺そうなんて人事にもとる行為じゃないか。
小強子はあわてて戻った。
間に合わなかった。気を付けてと叫ぶと同時に晏長昀の足が縄に触れ、暗器が飛び出す。助けようとして部屋に飛び込んだ小強子は、逆に晏長昀に助けられた。
「私を殺そうとしたのか?」
「…そうです。だいたい、私は暗殺に来たんですよ」
「記憶が戻ったのか!?」
小強子は首を振り、師弟に会ったことを話した。
「例の毒なんだけれど、暗殺が成功しなければ師門の皆が解毒薬をもらえなくて」
「それなのに、なぜ私を助けた?」
「晏統領は私たち千羽衛の義兄弟だし、何度も救われた恩もあるし… どうしたらいいか、もう分からない」
「…私も気持ちをどう処理したらいいか分からん」
怒ったような態度で晏長昀は出て行った。
今は恋愛にうつつを抜かしている場合ではない。
夜の訓練場で、ひとり晏長昀は拳が割れるほど木人を殴った。彼の肩には秦家の復興を目指す人々の命がかかっているのだ。
師門の命か晏長昀の命か。小強子は、いつも究極の選択を迫られる趙沅の気持ちが理解できる気がする。彼女は友人の話として、趙沅に相談してみた。
「友人は侠客なんだけれど、一方を選べば彼の友人を裏切ることになる。でももう一方を選べば、彼が後悔すると思う」
「きみはどうしたいんだい?」
「私の話じゃなくて、友人の話ですよ!」
「まあまあ。それで、きみならどうする?」
「もちろん、友人は裏切れません!」
たとえ蕭万礼が高級官僚の椅子を用意して皇帝を裏切れと言ってきても、絶対に応じないから安心してくれと添える。そんな小強子に趙沅は感動した。
趙沅に話してすっきりした小強子は、その足で千羽衛へ向かった。晏長昀の部屋の扉を敲いて謝罪する。しかし返事は無かった。
それを怒っていると捉えた小強子は、肩を落として帰っていく。
晏長昀は建物の陰からそんな小強子を見つめた。
すまない、きみに選んでもらえるだけの価値が私には無い。
突然、京城の大通りに狂人があらわれた。
「仙薬をくれ! 私は仙人になるんだ!」
わめきながら包丁を振り回す。
さんざん暴れた男が倒れた。痙攣を起こし、血を噴いて絶命する。
ちょうど巡回に出ていた呉承と千羽衛の隊員が駆け付けた。遺体を確かめる。
「方游か!」
行方不明の方游だった。爪の生え際が銀色に染まっている。朱銀粉中毒の症状だ。呉承は千羽衛へ運ぶよう指示を出した。
そこへ刑部の兵の一団が走ってくる。方游の遺体をめぐって、緊迫したやり取りが始まった。
蕭万礼が千羽衛に怒鳴り込んできた。千羽衛が方游の遺体を運んで行ったからだ。晏長昀はすました顔で皇帝の命を受けた千羽衛の責務だからと返す。
しかし刑部は朱銀粉の捜査権限を持っている。朱銀粉の売買に関与して脱獄した方游を、千羽衛に渡したくない。押し問答になるだけだと感じたふたりは、決着を着けるために御泉殿へ向かった。
ところが、趙沅は事前に察知して逃げていた。彼が逃げ込んだのは鳳儀宮だ。蕭蘅は頼ってくれたことが嬉しくて、裏門へ案内すると言う。
「いや。最近きみに会っていないから、ゆっくりお茶でも飲んでいこう」
趙沅は努めて優しく接した。
誰に聞いたのか、蕭万礼と晏長昀は鳳儀宮にまで押しかけてきた。戸口を守る馮公公が必死になって止めるも、蕭万礼は聞かない。
「お待ちください、蕭丞相!」
みかんを運んできた小強子が割って入る。
「皇帝ご夫妻がお休みなのですよ。どんな罪に問われるか、丞相はご存じでしょう?」
仕方なく蕭万礼は引き下がる。晏長昀も踵を返したが、小強子に引き留められた。
「晏統領、謝りますから怒らないでください」
晏長昀はまともに小強子の顔を見ることができない。
「私を殺したいなら、やるがいい。そうでないなら…私から離れてくれ」
晏長昀は足早に立ち去った。
<第9集後編に続く>