ドラマ「難尋」
第24集
<第24集>
寝宮で横になっていた鳳垠は足音が聞こえて、仕える衛兵を下がらせた。
天井から吊った紗が揺れたその刹那、赫連曦が彼の目前に迫っていた。赫連曦は鳳垠の首を掴み、寝台に押し付ける。
「…霖川少主、こんな所へおいでとは」
「貴様から奪いに来た!」
「私の命かえ?」
赫連曦が鳳垠の左胸に手をかざした。強引に樹心を奪おうとする。息が出来ず、鳳垠は顔をしかめた。
「樹心は渡さん…!」
鳳垠が血を噴いた。同時に、紗の向こうで鳳鳶も吐血する。
「阿鳶!!」
この時、赫連曦はあることに気付いた。もしかして鳳鳶の連理枝は半分残っていて、彼女の心臓を守ったのではないか。もしそうなら、ここで彼女の心臓を傷つけたら今度こそ命は無い。
「…阿曦、私に構わず樹心を!!」
鳳垠が笑う。樹心を奪ってみろと赫連曦を挑発する。彼は鳳鳶のもとへ走ろうとする赫連曦の衣服を掴んだ。
短剣を取り出した鳳鳶が自らの左手を切りつけた。うっと呻いて、鳳垠が衣服から手を離す。
鳳垠が受けた傷は鳳鳶を傷付け、逆もしかりなのだ。
「阿鳶、何をするつもりだ!?」
突然、鳳鳶が赫連曦を押しのけ、鳳垠に近づいた。彼女の目は狂気じみていて、鳳垠は恐怖を覚える。
「鳳垠、私が死んだらおまえも生きていないわ!」
血を分けた息子に手を上げるような人非人を放っておけない。鳳鳶は自分の首に探検の切っ先を押し当てた。
「私も罪人だわ。ふたりで地獄へ落ちましょう!」
「阿鳶、もういい、やめろ! さ、帰ろう!」
赫連曦が鳳鳶の肩を抱き、無理やり寝宮を出て行く。
恐怖が去った鳳垠は徐々に怒りがこみあげてきた。
鳳鳶が衝動的に自傷に走るかもしれない。樹心を得るためであっても、それはダメだ。
赫連曦は彼女の周囲から先の尖ったものすべてを排除し、行動を監視するために四六時中手をつないだ。
一方、寝宮にこもる鳳垠は鏡を眺める。その横で花娥は彼の手に包帯を巻いた。
「陛下、あのふたりを生きて返したのは、弱味を握られたから?」
「おまえにいちいち報告する義務があったか?」
「そういう意味ではありませんわ」
「以後、許しなくここへ立ち入るな!」
「王后なのに?」
花娥は鳳垠にしなだれかかった。
「陛下が誰を寵愛してもかまわない。私は王后の地位を守り、太子を産めたらそれでいいわ」
「出て行け!!」
自身の変化に思考が追いつかず、イライラする鳳垠は怒鳴った。
赫連曦は食事の時も鳳鳶の手を離さなかった。おかげで彼女は慣れない左手でレンゲを持つ。やんわり苦情を言うと、彼は料理を箸ではさんで鳳鳶の口元へ持ってくる。
同じ食卓を囲む昔旧はふたりに当てられているようで、食欲が減退した。
「石罌、外で緑豆湯でも食べよう」
「時間が無いからひとりで行って」
確か午後の往診まで二時間あるはず。それなのに石罌はじゃあね、とにっこり笑って席を立った。
理由は鳳鳶が知っていた。仲人を生業とする媒婆が石罌に縁談を持ってきて、今日はその相手とお見合いをするのだ。
「お見合いだって!?」
昔旧が大声を出した。不審な目で見られ、半笑いで誤魔化す。
「…阿曦、阿慶の様子が気になるから、見に行ってくるわ」
ここ数日、鳳慶は部屋に引きこもっている。心配だった鳳鳶はそれを口実に赫連曦から離れようとした。
帯が引っ張られる。鳳鳶の帯は赫連曦の左腕と紐で結ばれていた。
同じ敷地内で鳳慶と合うだけなのに、と鳳鳶はため息をつく。
しびれを切らしたのか、花娥が暴挙に出た。冊封されていないのに王后の礼服を身にまとい、大殿へ向かう。
侍女が懸命に止める。花娥は力いっぱい彼女の頬を平手で打った。
赫連曦の心配性に呆れた昔旧だったが、理由を知って納得した。
「赫連曦は間違っちゃいない。樹心で連理樹が復活するとは限らないのに、命を懸けるなんてダメだ」
赫連曦を擁護する。仕方なく鳳鳶は赫連曦の差し出す手を握った。
だが、ふたりが部屋に向かう前に鳳慶が走ってきた。
「姑姑、姑叔、世子! 簪を見た場所を思い出したよ!」
例の琵琶の簪である。
鳳垠の身代わりが赫連曦に殺害されたあと、宮中に残った花娥はほかの宮女から虐げられていた。鳳垠の部屋から宝飾品を持ち出したことがバレて、廊下で突き飛ばされる。
宝飾品が床に散らばり、その中に琵琶の簪があった。ちょうどそこに鳳慶と墨公公が出くわしたのだ。
鳳鳶を昔旧に任せた赫連曦は、急遽永照宮へ向かった。
花娥から事情を聞くため、夜の寝宮に侵入する。
ところが花娥は死亡していた。いったい彼女の身に何が起こったのか。
花娥を殺害したのは鳳垠である。どんどん女性化していく鳳垠に詰め寄った花娥は、とうとう彼の逆鱗に触れてしまった。
鳳垠のいない三年のあいだに、彼が大事にする琵琶の簪を自分の物としていたからだ。琵琶の簪は実母の形見であった。
鳳垠は花娥から返された簪で彼女の首を刺し、殺害した。
「愛など不要だと言っただろう?」
皆が私を認めなくても、私が認める。私が何者であろうと、天下万民から敬われる立場に居たいのだよ。
鳳垠は琵琶の簪を髪に挿した。
誰にも邪魔はさせない。
<第25集に続く>