ドラマ「南城宴」
第2集 後編
<第2集 後編>
晏長昀に千羽衛へ来いと言われた小強子は、趙沅に泣きついた。記憶喪失を治療すると称して虐待されたと訴える。
「皇上、晏統領に殺されちゃいます!」
「ああ、分かった、分かった。怖いならずっと朕のそばにいるといい」
迫真の泣きまねが功を奏したのか、趙沅は彼女が皇帝の内侍でいることを許した。
御泉殿の奥には皇帝専用の厠がある。椅子型のおまるで、使用されている木材は最高級の檀香木だ。表面の模様は趙沅の意向をもとに彫られている。
その厠だけが唯一趙沅のくつろげる場所だった。毎日大量に運ばれてくる奏上書は事前に蕭万礼の検閲が入り、宮中で仕える太監宮女は趙沅の気持ちなど汲んでくれない。
けれどもそんな厠にも趙沅は小強子を入れた。もちろん御簾と衝立をあいだに置いている。
長いあいだ厠にこもって奏上書を読んでいた趙沅は、出てくるなり馮太監に捉まった。並べた牌のひとつをひっくり返せと言う。夜を共に過ごす相手を選ぶのだ。
「皇上、このところ御渡りがありませんが、跡継ぎはどうなされるのですか?」
仕方なくひとつひっくり返す。
実はこの牌すべてに皇后と彫られていた。南国皇帝の後宮には三宮六院で合計七十二名の嬪妃がいるが、丞相である蕭万礼の娘、蕭蘅しか選べないのだ。もしも趙沅が皇后以外の嬪妃に興味を持てば、彼女とその一族は蕭家からどんな圧力がかかるか分からない。だから趙沅が後宮にあらわれても、嬪妃たちはそれぞれ扉を固く閉ざして夜伽を断るのだった。
今夜の相手に選んでもらった格好の皇后、蕭蘅は明るいうちからいそいそと支度を始める。髪を梳く侍女の雪茹が白髪を見つけて抜いた。
「私は一生この鳳儀殿で飼い殺しなのかしら…」
蕭蘅がため息混じりに嘆く。
「元気を出してくださいな。娘娘には兄上がおられるではありませんか」
「兄上は皇上の代わりにはならないわ」
ぼやいた蕭蘅は、待っていられなくなって趙沅を迎えに行く。
蕭蘅が趙沅を見つけたのは、彼が小強子に後宮を案内していた時だった。肩を落とした趙沅が嬉しそうな蕭蘅とともに鳳儀殿へ去っていく。小強子はそんなふたりを庭の真ん中で見送った。
その小強子の肩を突然、誰かが抱いた。この世で最も顔を合わせたくない相手、晏長昀だ。
晏長昀は記憶喪失を治してやると言って、小強子を林へ連れ出した。そして号令と共に数人の千羽衛に襲わせる。
「待って! 晏統領、これは何なんですか!?」
「記憶の再現だよ」
曲太医の提案で、郭振を暗殺する現場を再現してみたのだ。
晏長昀は嵌めた玉扳指を見せるため、右の親指を立てた。
「これは何だ?」
「…いいね」
「私が訊ねているのは、指に嵌っている物だ!」
「…指輪?」
「扳指だ!」
再度、剣を抜いた千羽衛が襲い掛かる。恐怖のあまり、小強子は頭を抱えてうずくまった。
「何をしている、彼らを殺さないのか!?」
「武芸の出来ない私には無理です! いっそのこと、きれいさっぱり殺してください!」
小強子はぎゅっと目をつぶって首を差し出した。
記憶が戻らないのは、もしかしたら場所が問題なのかもしれない。この場所は郭振が暗殺された現場ではなかった。
晏長昀が呉承と相談していたら、急に小強子が倒れた。気絶している。
小強子はすぐに意識を取り戻した。が、顔色が悪い。千羽衛に戻った晏長昀は曲太医を呼んだ。
小強子の脈を取る曲太医は彼女を見ずに晏長昀の顔色ばかり窺っている。
「ちょっと、患者は私だよ!」
「曲太医、何の病だ?」
「邪脈が時々あらわれて、何とも…」
「”上火”?」
「そ、そうです、”上火”です」
のぼせただけだと言う。
晏長昀は、呉承を付けて小強子を御泉殿に返した。
残った曲太医は晏長昀に訊ねた。
「晏統領、小強子の腕の赤い線にお気づきですか?」
脈を診た際、小強子の右腕内側に赤く蛇行する線が浮き出ていた。曲太医はそれを毒が脈に入ったからだと説明する。解毒しなければ百日以内に毒が原因の発作で亡くなると断言する。
毒の種類は曲太医に分からなかった。けれども、毒を煉制した者を発見すれば小強子は助かるかもしれない。毒を煉制する者は必ず解毒薬を作って持っているからだ。
晏長昀は口外するなと念を押す。宮中勤めの長い曲太医はもちろん心得ていた。
趙沅が信頼できる相手は小強子だけだった。いつ何時も、片時も彼女を離さない。あまりの警戒心の無さに刺客だったらどうするのかと小強子が訊いたら、それならすでに戯院で暗殺しているだろうと言う。
「じゃあ、もしも皇城の外で暮らすとしたら、どこへ行きたいですか?」
小強子から問われた趙沅は地図を取り出した。ここに描かれた山河すべてが南国であり、趙沅の領土だ。
だが皇帝であるはずの趙沅は、意のままにならない。きらびやかに見えて、内情は不自由極まりない。蕭万礼には政権のすべてを握られ、魏国公には財政を握られている。小遣いすら彼は持っていなかった。
「じゃあ、宮中で善人なのは皇上と私だけですね」
「いや、晏統領もいい人だよ。何年も仕えてくれて、捨て身で朕を庇ってくれるんだ」
「あの千羽衛統領の晏長昀が!?」
小強子が晏長昀の悪口を並べ始める。が、そんな時に限って彼はやってくるのだ。
晏長昀は、悪口を必死に誤魔化す小強子を千羽衛に入れたいと願い出た。
「再三再四、小強子から頼まれまして」
こんな手に出たか。小強子は眩暈がすると訴えて晏長昀から逃げた。
「四年だぞ! ひとりの皇子も産んでいないとはどういうことだ!?」
息子の蕭権と共に鳳儀殿へ行った蕭万礼は、娘の身分が皇后にも関わらず叱責した。朝議で魏国公から四年も子供のできない皇后は廃すべきだと発言されたのだ。
「父上、蘅児はできるだけのことはやっています」
「皇上が私を避けるのです。どうしたらいいのか、もう…」
「皇上の寵幸を得られなければ、蕭氏一族の中から別の娘を皇后に立てる! 覚悟しておけ!」
蕭万礼は皇后の蕭蘅だけでなく、貼身太監の馮公公にも圧力をかけた。趙沅の足もとにひれ伏した馮公公は、今夜、趙沅が蕭蘅のもとへ通わなければ太皇太后に殺されるだけでなく、蕭万礼に皮を剥かれると泣きついた。
じっと様子を見ていた小強子は、いい案が頭に浮かんだ。馮公公が巻き添えを食わない方法だ。
<第3集前編に続く>