ドラマ「青雀成凰」
第20集
<第20集> 始知君恩情深
趙力士が見つかった。かつて彼の武芸の腕を見込んだ慕王は、義理の親子の契りを交わし、研鑽のために西域へ送ったのだった。
”赤鬼閻羅”の異名を持つ趙力士は、今や神業の域に達しているだろう。
青澄は吉報を慕王に知らせた。そして、畳んだ紙を見せる。
和離書、すなわち離縁状だ。青澄の名前の上にだけ拇印が押されてあった。
「…まだだ。雲煥の持つ玉佩には利用価値がある」
話せるまでに回復した慕王は、青澄の決心を引き留めた。
走って慕王府に戻った青雀は、布を掛けられた遺体を前にして号泣した。
恐ろしくて、遺体の顔を確認することすら出来ない。
青雀は自らの髪をひと束切り、遺体の上に置いた。
「厳大哥、鵲児が弔ってあげるわ…」
ちょうどそこへ青澄が通りかかった。彼女は青雀のこの行動に見覚えがあった。
まだふたりが少女の頃だ。中綿が飛び出たぬいぐるみを、青雀は弔ったことがある。青雀は自分の髪とともに壊れたぬいぐるみを庭に埋めていた。
あの時、髪は”思い”を表していて、この”思い”は朽ち果てることがないと言っていた。
「昔のように澄児との仲が良くなりますように」
当時、青雀はそう祈っていた。
やっぱり鵲児は青雀だったのね。
確信した青澄は、つかつかと彼女の前へ出て行った。
「うるさいわね。あなたの泣き声で厳詢蒼が死んじゃいそうだわ」
え、と青雀は青澄を見た。
厳詢蒼は死んでいなかった。
昨夜、青雀の居室へ向かう厳詢蒼は、雲煥の衛兵に発見されてしまった。そこを救ったのが青澄である。彼女の命令を受けた衛兵が剣を突きつける衛兵を気絶させ、逃がしたのだ。
その後、青澄は顔を潰した溺死体を厳詢蒼の身代わりにし、目立つ場所に放置したのである。
「厳詢蒼が死んだことにすれば、雲煥は彼から手を引くでしょ?」
似たようなことを雲煥も言っていた。死んでいることが一番安全だと。
「どうして厳詢蒼を助けたの?」
「彼が好きだからよ。好きな人には身を犠牲にしても尽くせるって、やっと理解できたわ」
珍しく青澄がほほ笑む。
なんてことだ。私は雲煥の表面しか見ていなかった。
青雀は血相を変えて雲煥の書斎へと駆けだした。そんな彼女の後ろ姿を、青澄は笑顔で見送る。
三年前、まだ雲煥が青雀と恋仲だった頃のことだ。彼は小鳥を青雀に託し、慕王陣営の将軍として辺境へ出征した。
闘いの最中、雲煥は背後から味方の矢を受けた。無事だった雲煥は慕王の仕業だと気づき、彼がひとりになったところを襲った。
なぜ殺そうとしたかという問いに、慕王は次のように答えた。
雲煥は慕王の娘、青澄との婚姻を固辞したが、その原因が恋人の青雀であることに慕王は気づいていた。青雀は淮王の娘であり、淮王は雲煥の父を殺害した人物だと慕王は明かす。
そして、青雀の命は慕王が握っているのだと脅迫した。
慕王の言葉を信じてしまった雲煥は、青雀の命を助けてくれるならば、とりあえず矢の件は無かったことにすると約束した。
だが、慕王のことだから油断はできない。青雀が淮王公主であると知った雲煥は、彼女の命を守るために究極の行動に出た。それが死の偽装である。
武芸に秀でた雲煥は、誰が見ても助からないように青雀を刺した。
ところがここで誤算が生じる。雲煥と見届けた青澄が去ったあと、軍師が助けに入るはずが、厳詢蒼に彼女を攫われてしまったのだ。
青雀が朦朧とした状態で水を求めた相手は軍師だったが、その時の彼は笠を被って顔を隠していた。だから慕王府に入って軍師と再会した青雀は、彼があの時の人物だとは気づかなかった。
傷ややけどを完治し、虎口のほくろを消した青雀は、鵲児として再び慕王府に戻ってきた。彼女が雲煥を憎めば憎むほど、その身は安全だと言えた。
青雀を愛するあまり、あえて雲煥は彼女から憎まれるという選択をしたのだ。
軍師から無理やり事情を聞き出し、青雀はやっと書斎に入れてもらえた。
雲煥が青白い顔をして眠っている。
青雀は赤いほくろのある彼の手を握り、泣いた。
翌朝、目覚めた雲煥のそばで青雀が居眠りしていた。
彼女の右手の虎口には、雲煥のものと対の赤いほくろがある。昨夜のうちに彼女が鍼で入れ直したのだ。
雲煥はそのほくろを指で撫でた。
青雀が目覚める。
「青青、やっと私の知るきみに会えたよ」
<第21集に続く>