ドラマ「虚顔」
第11集
<第11集>
「おまえは一体誰だ?」
うなされて額に汗を浮かべた十七は、飛び起きた。寝台を下り、ふらふらと廊下側の窓際へ行く。明るい窓際に置かれた鏡を覗いた。
沈沁の顔のままだ。
その時、窓に影が映った。
「目が覚めたのね」
いつの間に部屋に入って来たのか、十七の背後には沈沁が立っていた。
「怪我をしたと聞いて、相国府から人が来るわ」
沈沁は服の上から矢傷にそっと触れた。
「茯苓、当帰、誰か…!」
十七が助けを求める。沈沁は短刀を突きつけて十七を脅した。
「さっさと玉佩を持ってきなさい。さもなくば、その顔を返して」
雲諾が調べたところ、矢の型は官軍のものだったが、その刻印は消されていた。
「韓内監は死亡し、玉佩の意味も分からずじまいか」
蕭寒声と雲諾が廊下を歩きながら話していると、庭を挟んだ向こうの廊下に十七が飛び出してくるのが見えた。
「将軍、将軍、相国府が沈沁を寄越して…!」
怯えた十七は足がもつれて倒れ込む。駆け寄った蕭寒声は、十七をうしろから抱きすくめた。
「傷口が開いてしまう。無茶をしてはいけない」
蕭寒声が耳元でささやく。徐々に十七は落ち着きを取り戻す。雲諾は荀御医を呼びに走った。
蕭寒声は、優しく十七の涙をぬぐってやった。
「将軍、相国府から人は…?」
「来ていないよ」
あれは夢だったのだろうか。十七は安堵した。
蕭寒声の看病の甲斐もあって、十七の矢傷は日に日に良くなった。もう横になっている必要もなく、薬湯も自分で飲めるが、蕭寒声は許さない。
「今日は天気がいい。久しぶりに外へ出てみないか?」
「その前に薬を替えないと」
恥ずかしがる十七の胸元をくつろげて、蕭寒声は矢傷に当ててあった布をゆっくり剥がす。痛みで十七が顔をゆがめた。蕭寒声は彼女の口に飴を入れてやる。
傷口はまだ完全には癒えていない。蕭寒声は顔を近付け、痛みを冷ますために傷口に息を吹きかけた。緊張のあまり、十七は飴を噛んでしまう。
口づけようとする蕭寒声を押しとどめ、十七はお腹が空いたと訴えた。
これが、家族を守りたいと思う気持ちなのか。
兵士はなぜ命を懸けて戦場で戦うのか。これは以前、父が蕭寒声に語っていたことだ。当時の蕭寒声には分からなかったが、今ははっきりと言える。沈沁と圓宝の笑顔を守るためなら命を懸けられる。
当帰の見つけてきた屋根ふき職人のおかげで、いつもより三日早く、離れの雨漏りが直った。気に入らない蕭寒声は、違う業者にふき直しをさせろと言う。
「ですが、もう夫人は部屋に戻っておいでですよ」
当帰は、彼女の引っ越しまで手伝っていた。
蕭寒声は、部屋を片付ける茯苓たちを下がらせ、十七とふたりきりになった。居室から持ってきた鉢植えを文机の横に置く。
「全快したら、吉日を選んで婚礼を挙げよう」
そういえば、もろもろの事情が重なって婚礼を上げずじまいだった。
「きみを正式に娶りたいから」
しかし、十七は顔を伏せた。
今の私は、本来の私じゃない。私はあの夜、あなたに助けられた十七なのよ。
涙があふれてくる。
十七にそのつもりがないのかと早合点した蕭寒声が、部屋を出ようとする。とっさに十七は彼の袖をつかんだ。
「…どうした?」
十七は袖から手を離す。何でもない、とか細い声で言う。
十七を抱き寄せた蕭寒声は、唇を奪った。
「私がここにいてもいいのか?」
十七が無言でほほ笑む。彼女を抱き上げた蕭寒声は、寝台へ下ろした。口づける。
「…待って。もしかして”迎春蠱”の発作なの?」
催淫効果のある”迎春蠱”入りの酒を飲んだと思っている十七は、月に一回起こるという発作なのかと疑う。
「いいや。発作など一度も起こしていない。初めから」
蕭寒声は優しく十七に口づけた。
<第12集へ続く>