ドラマ「明月祭君心」
第4集
<第4集>
演武堂の二階の柱にくくりつけられている糸は、かなり丈夫だった。糸は、”青衣骸骨”が飛び乗った屋根まで延びている。
「こんなことを出来る人物は限られているが」
「何の目的があったのかしらねぇ」
「婚礼をぶち壊したかった、とか」
「さぁ…」
素晴がしらを切るので、蕭奇風はこの場に侍女を呼んだ。途端に、素晴は謝る。
「いったい何をしたんだ?」
素晴は観念した。
婚礼準備のさなか、事前にその侍女に頼んでおいた素晴は、彼女から吐血するための毒薬を受け取った。
「だって、天命司の玄女が舞の最中に血を吐いて倒れたら、不吉じゃない? 破談になるかと思って」
蕭奇風に見つめられて、素晴はばつが悪い。
「…これからは体に良くない物を口にするな」
やっぱり蕭奇風は分かってくれている。素晴は小さく笑った。
骸骨を調べたところ、乾いた土と黄色い紙の破片が見つかった。
もしも骸骨が井戸の中にあったならば、骨のあいだから見つかった土は湿っているはずだ。それに、黄色い紙は、死者を弔うための焼紙の破片に違いない。
蕭奇風、墨夜行、素晴の三人は、都城の郊外へ向かった。
この辺り一帯は死者を埋めた土饅頭が点在し、放置された骸骨が転がっている。黄色い焼紙が風に吹かれ、かさかさと音を立てていた。
先を行く素晴が悲鳴を上げた。木のうしろから、震えながらある一点を指さす。
急いで彼女に追いついた蕭奇風と墨夜行は、男性の遺体を発見した。
男性は20代から30代くらい、束ねた柴がそばに落ちていた。首に一線、赤い筋が付いている。剣の先で斬られた痕だ。これが致命傷となったのだろう。あと、男性の服の胸元は乱れていた。
彼の周囲に目を向けると、同じ靴跡がいくつも地面についている。犯人のものだろうか。
一見すると、ただの農民のようだ。だが、蕭奇風は男性の胸に刺青があることに気付いた。
「黒狼頭像!? 寧国の兵士か!?」
「違う。寧国兵に偽装した夙国人だ」
蕭奇風は男性の口を開けて見せた。歯が黄色く沈着している。これは嗜好品の”香葉”を噛んだあとだ。”香葉”を噛む習慣があるのは夙国人だけだ。
「じゃあ、任務の最中だったのか」
「…この付近に軍の施設はあるか?」
軍の施設は無いが、寧国公主の寧倩兮が宿泊する駅館があると墨夜行が答える。駅館は役所が管理する宿で、民間の宿と違い、役人関係者は無料で宿泊することができる。
「ねぇ、これは何を焼いた跡かしら?」
いつの間にか木のうしろから出てきた素晴が、地面を指して訊く。焦げた地面の中心に、黒い布のようなものが焼け残っていた。
「犯人の”夜行服”?」
「いや、被害者自身が焼いたのだろう」
死体を放置して、黒装束だけを焼却するのは理屈に合わない。
「ところで、被害者はいつ殺されたのかしら?」
「二日ほど前だな」
素晴の問いに墨夜行が答える。
二日前ということは、蕭奇風の婚礼の前日だ。
「犯人はかなりの使い手だな。…素晴、一緒に調べに行くぞ」
「え? おまえら、どこへ行くんだ?」
「軍命司の檔案庫だ。間諜なら資料が残っているはずだ」
「おれは?」
「遺体を刑命司へ運んでくれ」
「なんで、おれだけ貧乏くじなんだよ!」
墨夜行が文句を言っても、もう遅かった。
かれらの様子を木の陰から窺う者がいた。姿で女性だと分かるものの、そのおもては真っ黒な仮面に覆われている。
被害者の名は林天雷。おもての身分は春風酒楼の店員であった。
さっそく捜査を開始しようとして、蕭奇風ははたと気付く。春風酒楼は、素家が営んでいる店だ。
「何か知っているだろう?」
「ええっ! まだ私を疑うの? 私が知っているとでも思っているの?」
素晴は上目遣いに蕭奇風を見る。
「いいから、行ってみましょう!」
素晴を疑う蕭奇風は、往来を歩く彼女のうしろからついて行く。
くるっと素晴がふり返った。
「やめてよね。考えていることくらい、分かっているわ。私が”青衣骸骨案”や間諜の死に関係があるって、疑っているんでしょ」
「事は重大なんだ。もう少し真面目に頼む」
「あら、いつだって真面目よ。あなたこそ、どうなのさ。寧国公主と婚礼を挙げるなんて!」
蕭奇風は一瞬、言葉に詰まった。
「…言っておくべきだったが、”青衣骸骨案”が無くても、婚礼を挙げるつもりはなかったよ」
「なんで!?」
言葉に出来なくて、そっぽを向く蕭奇風。素晴は彼の袖を引っ張った。
「言いなさいよ!」
<第5集に続く>