ドラマ「虚顔」
第10集
<第10集>
気絶から目覚めて寧王が最初に目にしたのは、ハサミの先端だった。とっさに飛びのく。
ハサミを手にしていた十七は、出血した寧王の頭部に包帯を巻いていたのだった。殴ったことを謝る。
「王爺が女遊びにうつつを抜かすのは、廉王と瞿王に見せるためでしょう? でも、将軍府でお痛をなさるのは感心しません」
いま、皇太子の座は空いている。可能性があるのは廉王と瞿王、そして寧王の三人だ。皇帝は皇太子となる皇子の女遊びは意に介さなくても、将軍の妻に手を出すような皇子はその選択から弾くだろう。
あまりに理路整然と説かれたため、寧王は思考が追いつかない。
「おまえ…私の知っている沈沁か?」
まごついているうちに、ひと目を避けて裏門から追い出されそうになった。
「ちょ、ちょっと待て。以前は私のことを”子衡”と呼んでいただろう? どうして王爺と… 私と距離を置くつもりか?」
十七はそうです、とはっきり伝える。寧王は失望の色も露わに、嫁にやるのではなかったとぼやいた。
「まあいい、今日からおまえは寡婦になるのだからな」
寡婦になれば、また私のもとへ帰ってくるはずだ。まだ痛む頭を押さえつつ、寧王は去った。
寡婦?
彼を見送る十七は嫌な予感がする。
難民村の家並みは、ほかの村々と大差ない。だが家屋は荒廃し、ぼろ布をまとった人々は道端でうずくまっている。その目には精気が無かった。
馬を駆って難民村に入った蕭寒声は、都城内と正反対な光景を目にして驚きを隠せなかった。
とある家屋の前で、蕭寒声は声を掛けられた。男に馬の手綱を渡し、崩れそうな門から庭に入る。
男がひとり、庭の卓に突っ伏していた。酒壺がいくつも周囲に転がっていることから、彼が泥酔しているらしいと見て取れた。
「韓内監、韓内監」
酔いつぶれている男に近づく。
突然、眠りこけているはずの男が身を起こし、ナイフをきらめかせて蕭寒声に襲い掛かった。
ひらりと躱し、長剣を抜いて男の喉をひと薙ぎする。喉を斬られた男が地面に倒れた。
何かがおかしい。
門から入って来ようとした男が、背中に矢を受けた。おもての通りを難民たちが逃げ去っていく。
先刻、矢を放ったのは向かいの家屋からだ。蕭寒声は暗器である腕に仕込んだ矢を向かいの家屋の窓に向かって放った。窓の向こうで人が倒れる気配がする。
通りに飛び出した蕭寒声は、しかし難民風の男たちに取り囲まれた。彼らは手に剣を持っている。難民ではない。
その時、馬で駆けてくる十七の姿が蕭寒声の目に映った。
「将軍、乗って!!」
蕭寒声が十七のうしろに飛び乗る。
前面の男が弩を放った。短い矢が十七の左胸を貫く
「沈沁!!」
通り沿いの家屋の中からも矢が襲ってくる。蕭寒声は自身の身体で十七を庇い、馬を走らせた。
自身の矢傷よりも十七を優先した蕭寒声は、蕭府に戻るや否や彼女を居室に運び込み、皇城から荀御医を呼んだ。
荀御医が帰ったあと、雨で濡れそぼる暗い中庭を見つめる蕭寒声のところへ雲諾が報告にあらわれた。
「矢じりには珍しい毒が塗布されていましたが、この蕭府にはありとあらゆる毒消しがあります。きっと夫人は助かりますよ」
「おまえはどこに居たんだ? 何をしていた?」
蕭寒声は、十七をひとりで難民村へ行かせたことを叱った。
「兵馬を集める前に、夫人は飛び出して行かれました」
十七のあとを追って難民村へ駆け付けた時、襲った男たちは全員が死亡していた。
「間違いなく、彼らは”死士”です」
”死士”とは、死をも厭わずに任務遂行する者を指す。
雲諾はひざまずくと、蕭寒声に不手際を詫びた。
「どのような罰でも甘んじて受けます」
「…いいから、立て」
蕭寒声は、矢の調査を雲諾に命じた。
「今日、夫人は命も惜しまずに将軍をお助けしました。きっと心に苦衷を抱えておいでなのでしょう。私は夫人を信じます。目覚めたらひと言、私が謝罪していたとお伝えください」
蕭寒声暗殺に失敗したうえに、沈沁に矢傷を負わせた。怒りに震える寧王は、暗殺団のかしらの腹部を何度も小刀で刺して殺した。
死んだ男を護衛兵に運ばせ、手に付いた血を布で拭う。
「王爺、将軍夫人は無事ですよ」
沈沁が酒を運んできた。
「なぜ分かる?」
「蕭府に親しい友人がいるのよ。それにしても、蕭寒声は彼女に夢中のようね」
いら立った寧王が沈沁の細い首を掴む。
「蕭寒声の名を口にするんじゃない!」
「いくら王爺がご執心でも、彼女は将軍夫人だわ」
「言っておいたはずだ。二度とよそ事に首を突っ込むんじゃない」
寧王は沈沁を放り出した。
<第11集へ続く>