ドラマ「虚顔」
第9集
<第9集>
蕭寒声は、花の小さな鉢植えを持って十七の部屋へやってきた。十七はおらず、ちょうど軽い布団に替えた茯苓が出てきて、気恥ずかしさからうしろへ隠す。
文机の横に鉢植えを置いた時、窓から風が吹き込んだ。文机の上に置いてあった紙が二枚、宙に舞う。
十七が戻ってきたが、蕭寒声の手のほうが早かった。拾った紙の一枚には糖葫蘆を持つ圓宝が描かれ、もう一枚は七文字の習字だった。
「相国府の令嬢が絵も描くのか」
「暇にあかせて描いただけで…」
「これも?」
習字の七文字は”蕭蕭梧葉送寒声”である。これは旅先で故郷を懐かしむ古詩の一節だ。
「書院で圓宝が習ってきたんです…」
ちょっとばつが悪い。
蕭寒声は習字の紙だけ貰った。
晩。ひどい雷雨となった。奥まった場所にある蕭寒声の書斎にも、わずかに雷鳴と雨音が聞こえる。
蕭寒声と雲諾は、沈沁が描いたとされる書画と習字の紙を比べた。書画に書かれた詩の筆跡と習字の筆跡は明らかに異なっている。
蕭府に嫁ぐ前の沈沁と嫁いだ後の沈沁とでは違っている点が他にもあった。嫁ぐ前の沈沁は花粉に敏感で、食べ物は特に辛い味付けのものを好んだという。だが、いま蕭府の離れで寝起きしている沈沁は、蕭寒声が持っていった花の香りを嗅ぎ、圓宝と一緒で甘いお菓子が大好きだ。辛い料理は食べられなかった。
気性もまったく正反対だった。嫁ぐ前の沈沁は店でほかの客と衣服の取り合いになった時、商品である衣服を裂いてしまった。もちろん店には値段の倍の金額を弁償したが、それほど彼女は他人にものを譲ることを嫌ったらしい。
沈沁に双子の姉妹がいるなどと聞いたことがない。離れの沈沁は偽者の可能性が高い。かと言って、三年前に出会った山寨の女性とも容貌が違う。
彼女はいったい何者なのか。
まさか顔が入れ替わっているとは思いもしないふたりは、頭を悩ませる。
「もしかして、まだ彼女が隠している秘密とは、このことなのかもしれないな」
「ちょっと訊くが、夫人が沈沁の偽者だったらどうするつもりだ?」
「偽者であろうとなかろうと、私の妻であることは変わりない」
「いや、そういうことじゃなくて…」
雲諾が訊きたかったのはそこではなかった。だが、話題は流れて皇太子に仕えていた太監の調査に移る。
「太子府の韓内監の消息は?」
韓内監は皇太子が亡くなった際にそばにいたはずだった。
「今夜は雷雨が酷いので、今嵬司からの報告は明日になりますね」
外は本当に酷い土砂降りだった。心配になった蕭寒声は、離れへ行ってみる。
ためらいながら声を掛けると、室内で物が倒れる音がした。慌てて中へ入る。
「雨漏りしているじゃないか!」
十七を肩に担いだ蕭寒声は、彼女を自室へと運ぶ。
圓宝と一緒に、十七の部屋へ糖葫蘆を届けようとしてその場面を目撃した雲諾は、あまりに暴力的すぎると言い出した。
ところが、圓宝にため息をつかれる。
「そんなだから、雲叔叔には嫁の来手が無いのよ」
圓宝は、理解していない雲諾を引っ張って帰った。
蕭寒声は、十七を自分の居室へ連れてきた。ここなら雷鳴も激しい雨音もほとんど聞こえず、雨漏りもしていない。
「私たちは夫婦なんだから、きみはここで眠るといい。離れの屋根の修理が終わってから、戻りなさい」
「私はどこで寝たら…」
寝台に腰掛けていた蕭寒声が、少しだけ移動した。どこでも、と言いつつ、意図は明らかだ。
「じゃあ、あそこで」
十七が指さしたのは、寝台ではなく長椅子だった。当てが外れる。
朝、蕭寒声が目覚めると、すでに十七の姿は無かった。急いで廊下へ出たところで、報告に来た雲諾と出くわす。
「将軍、ご安心を。夫人は圓宝と遊んでいますよ」
居室に入った雲諾は、今嵬司から送られてきた小さな紙切れを蕭寒声に見せた。今嵬司は蕭寒声の諜報機関だ。ありとあらゆる調査と工作を行う。最近では、十七と圓宝のために糖葫蘆を調達してきたこともあった。
その今嵬司が報告してきた紙切れには、韓内監は郊外にある難民村に身を隠している旨が短文で書かれてあった。
軍を引き連れて行っては、察した韓内監に逃げられる。そこで蕭寒声はひとりで向かうことにした。
「おまえにひとつ、頼みごとがある」
眉間に皺を寄せた蕭寒声は、長椅子を壊して薪にしてしまえと命じた。
玉佩が偽物だったことは、渡された時から寧王には分かっていた。偽物を渡した沈沁に対しての憤りを玉佩にぶつける。床に叩きつけられた玉佩は砕け、寧王に侍っていた鎏金坊の娼妓たちが恐れおののく。
沈沅は彼女たちを下がらせた。
「それで?」
「王爺、蕭寒声は韓内監が難民村にいることを突き止め、ひとりで出かけました」
難民村はその名の通り、流れ着いた難民が一時的に暮らしている場所だ。無法者が混じっていることもあり、治安は良くない。
こういった場所にひとりで出かけた蕭寒声が難民の集団に襲われたら、一体どう対処するだろうか。
寧王の意を汲んだ沈沅が飛び出して行く。
「では、私は蕭寒声が居ぬ間に…」
寧王は好色を露わにした。
さっそく蕭府へ行った寧王は、蕭寒声の居室に十七を引きずり込んだ。
「王爺がなぜここに…!?」
「私に入れない場所など無いよ。それで、私が頼んでいた物は何だったかな?」
寧王はしゃべりながら十七に迫る。
圓宝を捜す茯苓の声が廊下から聞こえた。寧王がわざと廊下へ出ようとする。沈沁との仲を家人に見せつけ、蕭寒声を困らせるためだ。
その寧王の頭部を、十七は茶壺で思いきり殴った。
<第10集へ続く>