ドラマ「虚顔」
第6集
<第6集>
十七に懐いた圓宝は、蕭寒声の実子ではなかった。戦死した秦副将軍の娘だった。
早くに母を亡くし、父は常に辺境の戦場に赴任していたので、圓宝を教育する者がいなかった。そのため、妙に大人びた子供に育ったのだと侍女の茯苓は十七に語る。
そんな圓宝はいま、新しく母となった十七が蕭寒声に気に入られるようにと、懸命に助言する。
皇宮の当直日誌に、皇太子が亡くなった日の内監に関する記録が無かった。
「明らかに我々の捜査を妨害していますよ。どう調べるんです? 私にいい案がありますけど…」
「蕭府を戦場にするな」
みなまで言う前に、蕭寒声は雲諾の言葉を遮った。雲諾が相国の娘である沈沁を利用するつもりだったのは明白だ。
それが一番手っ取り早いのだろうが、蕭寒声はどうしても沈沁を囮に使う気にはなれなかった。雲諾にはうまく説明できないが、彼女に悪い感情を抱けなかった。
夜、圓宝にせがまれた十七は、蛍が飛び交う中庭に軍用幕を張り、物語を読み聞かせた。軍幕内の明かりは、袋状の布の中に集めた蛍だ。
「めでたし、めでたし。さあ、あとで蛍を放してやりましょうね」
読み聞かせが終わっても、圓宝は軍幕の外を見つめている。
何を待っているのかと思ったら、圓宝に誘われた蕭寒声がやってきた。
「手伝ってあげたの」
こそっと圓宝が十七に耳打ちし、蕭寒声を中へ引っ張り込んだ。蕭寒声と十七を両脇に座らせる。
「父さま、早く蛍に祈って。母さまが、螢一匹につきひとつお願できるって」
え?
蕭寒声は、矢傷に倒れた際に彼を救ってくれた娘を思い出す。
「その話をどこで?」
「たしか、本で…」
もっと読み聞かせてくれと、圓宝が本を持ってきた。
「では、私は部屋に戻ります」
腰を浮かせた十七は、蕭寒声に腕を掴まれた。
「私が蛍にまつわる話をしよう」
蕭寒声が語り終えた時、圓宝も十七も居眠りしていた。
十七の頭が蕭寒声の肩に寄りかかる。
明かり取りの布袋から蛍が逃げ出した。軍幕の中で飛び交い、外へと出て行く。
あの夜も、蛍が飛び交っていた。
竹を組んだ担架に蕭寒声を乗せ、彼女は肩に紐を掛けて引っ張った。両肩の皮膚が破け、血が滲んでも、彼女は担架を引き続けた。
とうとう足がもつれ、地面に倒れ込んだ。そのとたん、蛍が舞いはじめる。
「見て、螢よ! きっと助かるわ!」
あの時の彼女と隣で目を閉じている沈沁の容貌は違うのに、なぜ同じに思うのだろう。
ふと、十七が目を覚ました。
「父さま、書院は嫌だ…」
寝言を言う圓宝が十七の服を引っ張った。十七の左肩があらわになる。その肩に古い擦過傷があった。
隠そうとする十七の手を、掴んで止める。
「この傷はどこで? きみはいったい誰だ?」
その時、軍幕の外から声がした。部下の当帰の野太い声だ。
「将軍、また海内監が来られましたよ!」
数時間前、皇帝から蕭府へ下賜する酒を運ぶ途中で、海内監は寧王と密かに会った。
「当直の記録は、きれいさっぱり消し去りましたので、ご安心を」
そう言い、海内監は金の延べ棒を受け取った。賄賂だ。蕭寒声が捜査する記録を消したのは、寧王に依頼された海内監だったのだ。
話し込んでいる寧王と海内監の背後では、沈沁が御酒に薬を盛っていた。
同じ薬を、沈沁は寧王と交わす酒の中にも入れた。
寧王と沈沁が芊影山荘のしとねで戯れている頃、蕭寒声と十七も、海内監が届けた御酒を交わしていた。
外にいる猫が騒がしい。
「いくつか訊きたいことがある」
以前に出会ったことがあるか、蛍の話を誰から聞いたのかと蕭寒声は訊ねる。十七は、会ったこともないし、どこで聞いたか覚えていないと答えた。
「私は覚えているが、本当にきみは覚えていないのか?」
蕭寒声は肩の古い擦過傷を見た時に、十七があの時の娘だと確信した。
「三年になるが、私は一度も忘れたことはない」
十七は蕭寒声に背を向けた。涙があふれる。嬉しい。でも、今の私の顔は私じゃない。
「私の顔はその人と似ていないでしょう?」
今の私は沈沁なのよ。
蕭寒声は強要せず、彼女が話せる時を待とうと思う。廊下への扉を開けた。
風が入ってきて、ろうそくの明かりを吹き消す。
「彼女の姿は目ではなく、私の心が覚えている」
違うと言うならば、三年前の彼女に話していると思ってくれ。
そのとたん、堪え切れなくなった十七は蕭寒声に抱きついた。
静かに扉を閉めた蕭寒声は十七を抱き上げ、寝台へそっと下ろした。
沈沁が盛った薬は”迎春蠱”という名の媚薬だった。
ところが、この”迎春蠱”入りの御酒を蕭寒声と十七は飲んでいなかった。御酒を運ぶ途中で廊下の段差につまずいた海内監は、廊下に全部ぶちまけてしまったのだ。慌てた海内監は、部下の助言であり合わせの酒をふたりに下賜したのである。
<第7集へ続く>