ドラマ「欽天異聞録」
第15集
<第15集>
宙玄の幼虫がたてる微細な音が”欲”を掻き立てると聞いた蘇建翊は、天外奇石を発見した当時の同胞たちの反応を思い出した。かれらは執拗に手柄と褒美にこだわっていた。
記憶は無いが、蘇建翊も同様の状態で同胞たちを殺害したのではないか。
ふらりと部屋を出て、ひとりになった蘇建翊は自分の手を見つめた。
「やはり、私がやったのか…!」
叫び声を上げた蘇建翊は、剣を抜いて刃を首に当てた。
「宙玄に操られていたとは言え… 兄弟たちよ、私を許してくれ!」
剣を持つ手に力を込める。
その時、後ろから誰かに飛びつかれた。白洛書だ。
「何をするんだ!!」
「放せ!!」
蘇建翊が押しのけると、白洛書は簡単に地面に倒れた。
「このまま生きていては、あの世で兄弟たちに顔向けができない!!」
「おまえも、おまえの兄弟たちとやらもバカだ!!」
激した蘇建翊は、白洛書に剣を突きつけた。
「殺せるものなら殺してみろ!! おまえに殺されたヤツらの仲間入りするだけだ!!」
白洛書は目を閉じた。
蘇建翊の剣を持つ手が震える。そして、剣を投げ捨てた。
「…死んだ者は戻って来ない。冷静になれ」
蘇建翊が殺害したという証拠はないのだ。
三千年前、宙玄の幼虫は古代の人族を皆殺しにした。そのため、のちに成虫となった宙玄がどのような形で、どのような能力を有していたか、分かっていない。
「ひょっとして、私に記憶がないのは、宙玄の成虫に体を乗っ取られていたからか!?」
蘇建翊は今日の殺戮を覚えていた。宙玄の幼虫には人族の記憶を奪う能力は無い、これは大きな発見だ。
ふと下を見ると、足もとに紙の束が散らばっている。蘇建翊が白洛書を押した際にかれの懐からこぼれ落ちたのだ。
「すまん」
拾った蘇建翊は、そこに異客の情報が書かれていることに気付いた。なぜ、玉書台と称されるかれがこれを? 書物の知識はすべて白洛書の頭に入っているのではなかったのか。
欽天監大司主である白洛書の父は、科挙の試験三回すべてにおいて状元(首席)を取った”三元及第”である。十年前に舞い落ちた楓の葉の形すら判別できるほどの、暗記の天才であった。
そんな父を持つ白洛書は、当然のごとく同じ天才であると決めつけられて育った。しかし、実力は本人が一番よく分かっている。白洛書は周囲の期待に応えるため、また天誅司の諦聴である童肦秋のそばに居たいがため、こっそり虎の巻を持ち歩いていた。
「内緒だぞ」
白洛書はニヤッと蘇建翊に笑いかけた。
宝刀の刀身に埋まっていた宙玄の卵には”時”が無かった。”時”が無ければ”成長”はできない。
「…寄生か!」
宙玄は人族の欲望を誘発させて幼虫の餌とする。そして成虫となって人族に寄生するのだ。
鋳剣山荘の惨劇は宙玄が成虫になる一過程で、蘇建翊の消えた四年間の出来事は、宙玄が成虫になると同時に起こした寄生の副作用なのだ。
では、蘇建翊に寄生していた宙玄はどこへ移動したのか。かれが保護されたのは落花榻だ。その寸前、蘇建翊はそばに山魈を引き寄せた。あの山魈を誰が運ばせたかというと…
「李思霖!!」
<第16集に続く>