ドラマ「欽天異聞録」
第14集
<第14集>
虫がたてる音を頼りに、屋敷の奥へと四人は入って行った。
そこには異様な光景が広がっていた。何十人という男たちが殺し合っている。
突然、蘇建翊が向かってくる男を斬り捨てた。童肦秋たちは唖然とする。蘇建翊はそのまま男たちに交じり、殺戮を始めた。
「童姐姐、ひとり捕まえて。生かしておいてね」
孫淼淼に頼まれ、童肦秋は手近な男を捕えた。白洛書が上に乗って押さえつける。
孫淼淼が男の脈を診る。
奇妙な脈だ。病の時の脈でも、また健康な時の脈でも無かった。あえて表現するなら病と健康のはざま、といったところか。
白洛書の下で暴れる男を手刀で気絶させた童肦秋は、蘇建翊のほうをふり返った。変わらず、手あたり次第に斬っている。
殺戮を止めるため、童肦秋は蘇建翊の前に立ちふさがった。
「捜査のために来たんだろう? いったいどうしたんだ?」
「私の宝刀を狙うヤツは殺す!!」
蘇建翊が斬りかかってきた。小競り合いのあと、童肦秋がかれを蹴り飛ばす。
むくっと起き上がった蘇建翊が、再び剣を構える。
ふいに、蘇建翊の動きが停まった。周囲を見ると、戦っていた男たちが次々と倒れていく。蘇建翊も力が抜けたように、膝から崩れ落ちた。
「宝刀…宝刀を…」
つぶやいた蘇建翊は、童肦秋の腕の中で気を失った。
安楽侯府に余瓊がやってきた。祝宴時の警備のためだ。コオロギを戦わせて遊ぶ李思霖に近づいた余瓊は、若い女性ではないので接近するなと叱られる。
「侯爺、虫同士を戦わせて面白いのですか?」
「面白いさ! こんなに細く弱い草一本で殺し合いが見れるんだぞ」
面白いと言えば、と李思霖は話題を山魈に変えた。
「山魈を返してもらおうか」
李思霖は祝宴のために用意したのだからと、余瓊に圧力をかける。だが、余瓊は突っぱねた。
「私は侯府の使用人ではございません」
「淼淼! 蘇建翊を診てやってくれ!」
「私を呼んだ?」
香炉を持って童肦秋の前に立った孫淼淼だが、様子がおかしい。
「宝刀が欲しいなら、力になるわ」
ひょっとして。
感付いた童肦秋が、手刀を打って孫淼淼を気絶させる。
背後で気配がした。ふり返って見ると、大きな石を高く持ち上げた白洛書がいる。
「おまえも宝刀が欲しいのか?」
「うん…ううん!」
半分正気の白洛書は、慌てて首を振った。覚悟を決め、自分の頭の上に石を落とした白洛書は気を失う。
もしかして蘇建翊や侠客たちが豹変したのは、あの虫の音が原因ではないか。
童肦秋は諦聴の能力を使い、虫の音を注意深く聴く。おぞましい音に混じって、鍛えられた刀剣の鳴る音が聴こえる。
音は、広間に安置されている宝刀から発せられていた。力を振り絞って宝刀に近づいた童肦秋は、すべての気を宝刀にぶつけ、その場にばったりと倒れた。
白洛書、蘇建翊、孫淼淼が目を覚ました頃には、すでに日が暮れていた。卓の上には持ち出した宝刀が置かれている。
奇妙なことに、宝刀の刀身にはいくつかの小さな穴が開いていた。天外奇石は硬質である。簡単に穴が開くような代物ではないはずだ。
穴の一部に何かが入り込んでいる。白洛書が鍼でほじると、赤く光る金色の丸いものが転がり出た。
白洛書は皮の書を広げ、目を閉じる。脳裏に様々な異客が浮かんでは消える。
「…宙玄!!」
宙玄とは、”異聞録”に記録されている異客の一種だ。約三千年前に天外からやってきた宙玄は、幼虫の時期に”あるもの”を食する。それは生物の”欲”だ。宙玄の幼虫は一般の人族が聞き取れない小さな低い音を発して、心の中にある”欲”を増幅させるのである。
<第15集に続く>