今、
私をイラつかせている最大の邪魔ものである。
”自治会の役員活動”
今は、
広報全般計6名で執り行っている。
そして、
広報紙作成や各資料作成・広報の企画~作成は、
その中の2名で行っている。
パソコン業務が多様な為、
それなりのパソコン習熟度と文書作成異能力が要求される。
(私の辛辣な文章はクレームだらけだが、、、(笑))
そのパートナーは2年任期の1年単位で半数づつ入れ替わる仕組みである。
今のパートナーは家庭のある50歳位の男性である。
昨夜、
副会長からの緊急連絡があった。
そのパートナーの男性の奥様が亡くなられたとの事である。
『恐らく、1週間は活動が出来ない。』
『今の広報業務が回りますか?』
との心配故の連絡であった。
私は、
標準的な回答で、善処致しますと流したが、、、
私は、、、
彼の気持ちがよくわかる。。。
同年代で、
自分の存在よりも大事なものを失ったのである。。。
8年半前の私と同じであろう。。。
きっと今頃彼の心の中では、
空虚と、
嵐が、
交互に押し寄せている事であろう。
感情が制御不可能な状態が続いている事であろう。
対外的な、
社会的活動へ向ける余力等ある筈も無かろう。
1月?
この自治会の活動自体、仕事すら、どうでも良い事であろう。
似通った状況だからこそ、、、
他の誰もが、、、
『可哀そうに、』
『奥さん未だ、若いのに、』
『お悔やみを申し上げます、』
『残されたご主人、大変ね、』
『落ち着かれるまで、、、』
私には、
あくまで他人事のようにしか見えない。
表面上の社交辞令でしかない。
私は。。。
少なくとも私は。。。
彼の事を少しは理解できる。
彼が、
第三者に望む対応が理解できる。
一瞬、
その相手の感情や立場を踏まえて接しても、
家へ帰れば、
その事が頭を占める割合など、微々たるものである事を経験から理解している。
他人が、どんな状況であろうとも、
誰もが、
自分自身が主人公なのである。
今、
別サイドの側に立った時、
当時の彼らの思考も理解できる。
それ故に、
私は、少しは彼の事が理解できる。
彼への対峙法が手に取るように解る。
今は、
彼と奥様の魂が安らぐ事を祈っている。