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レゾナンス 共鳴 人と響き合うアート

 今回の展覧会のキーワードである「共鳴」の意味は作品によって様々である。しかし、鑑賞者が作家の思いを意識的あるいは無意識的に受けとめ、作品の魅力を心の中に浸透させ響かせるという点で、各作品は共通している。
 例えば、ライアン・ガンダーの作品《ナサニエルは知っている》では、作家の意図は明らかにされていない。この作品は、広く暗い部屋の壁の一部に穴があいており、そこから植物が顔をのぞかせているだけのものである。何故暗いのか、何故壁に穴があいているのか、そもそもタイトルの「ナサニエル」とは誰なのか。様々な疑問に対して鑑賞者は考えるが、答えは返ってこない。この作品では、鑑賞者は作家の意図を探るためにあらゆる想像を膨らませる事になる。こうした作品鑑賞のプロセスも作家と鑑賞者の「共鳴」とみなすのであれば、芸術作品の楽しみ方はより広がりのあるものとして感じられる。しゃがみこんでまで穴を覗いた私からすると、作家の仕掛けにまんまと「やられた」わけである。
 他にも「共鳴」したと思える作品をいくつか紹介する。ジャネット・カーディフの《40声のモテット》では、部屋の壁際に40本のスピーカーが並び、各スピーカーからは聖歌を歌う一人一人の音声が再生される。私たちが普段スピーカーを通して聞く音楽に比べ、この作品では曲が立体的に伝わる構造になっている。また鑑賞者はスピーカーの周りを歩き回る事も出来るので、音楽を体全体で様々な角度から感じ取る事が出来る。さらに休憩時間の音も録音されており、男性の咳き込む音や子供達のひそひそと話す声等、歌以外にもこうした雑音や雑談が再生される。こうした日常的な会話の方が、聖歌を歌われる場面よりも40人全員がここにいるかのような感覚がある。作品と鑑賞者の「共鳴」を体感できるという点で、まさに企画展のテーマにふさわしい作品である。
 小泉明郎の作品《若き侍の肖像》は私の中で最も衝撃的な作品であった。映像が2画面で構成されており、一方は若い俳優を中心とした場面全体を映し、もう一方は俳優の顔をアップで映している。俳優が特攻隊員として両親に最後の別れを告げる場面を演じる作品であるが、作家本人が画面外から無理な要望をひたすら出し続け、演じる俳優はただひたすらそれを忠実にこなそうとする。「もっと、もっと」と言われるうちに俳優は極限状態まで追いつめられていく。最後には自分で作りだした特攻隊員という偽りの人格に支配され、台詞を正確に言う事さえも難しくなっていくのである。特攻隊員らしさというよりも平常心を保てず、勇ましさとはかけ離れた表情を生み出したことが私には驚くべきことであった。そうした映像を終盤まで見ていくうちに、自身もまた自己を忘れていくかのような錯覚に襲われたのである。
 この展覧会では頭で考えて「共鳴」する作品から、体で直接「共鳴」を感じとることができる作品まで幅広いタイプの作品が展示されている。作品の解説についても、見れば見るほど奥が深い現代アートの面白さがわかりやすく説明されているところが良かった。                                       
(浅田)


M.jam-レゾナンス表M.jam-レゾナンス裏

サントリーミュージアム[天保山]にて6月20(日)まで開催中(月曜休館)
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