今日も素晴らしい小春日和となった北摂地方ですが、天気予報によると午後から下り坂で寒くなるとのことです。皆さんも風邪などひかないようご自愛ください。
ビルの谷間のスーパームーン
本日は今回のシリーズの番外編として、前回予告した"判断"と"決断"の違いについて少し考えてみたいと思います。
実は今回のシリーズ3部作を書いていて困ったのは、”判断”と”決断”の表現でした。どちらも何かを決めるという意味ですが、語感からすると”決断”の方が遥かにおおごとのような気がします。
そこで、その違いの本質はどこにあるのか考えていたのですがまず辞書的な意味から。”判断”は「物事を見極め、自分の考えを定めること」とあります。また”決断”は「意思をはっきり決定すること」とあります。
これを見るとどうも何かを決める際の心の持ちようの違いのようです。つまり、行為としては同じですが、より強い気持ちで決めるのが”決断”ということのようです。
ただ少なくとも、プロジェクトマネジメントの世界ではもう少し違った意味で、この2つの言葉には差異がるように感じています。
どういうことかと言うと、同じ物事を決めるという行為ですがそのプロセスに違いがあるのではないかと考えています。
”判断”のプロセスは、発生している事象に対してより良い判断を行うため、可能な限り情報を集めようとします。そしてその情報にはいくつかのレイヤーがあります。
第一は社会的な規範、つまり法律や常識といった外側から行動を縛るものです。まずこれに反する判断はNGとなります。次に、組織の規範です。組織が目的を達成するために定めたもので、もちろんそれは第一のレイヤーから逸脱してはいけません。3つ目はその他の情報となります。
通常の”判断”という行為では、3つ目のレイヤーで情報を集め判断材料とすることになります。この情報でもっとも威力を発揮するのは、過去の類似例でで起こったこととなります。もし過去に行った”判断”が良い結果を生んだとすればそれを踏襲し、逆の場合は別の”判断”を行うことになります。
このように、材料となる情報を集めてなんらかの決定ができることが”判断”と言えるのではないかと考えます。
では”決断”はどうなるのでしょうか。”判断”材料が充分にそろわない状況で、それでもなんらかの決定をしなくてはいけない場合、あなたならどうするでしょうか。
その場合、➀一か八かやま勘で決定を下すか、②判断することを先延ばしにするか、③判断そのものを辞めるという3つの選択肢があります。というか、それしかありません。
どうも私たち日本人の場合は②か③を選択したがるようです。何故かはこのブログで先に述べました。 これ です。
この3つの内どれを選択するのか決めることもある意味”決断”となるかもしれません。ただ➀の行為を選択した場合どういう判断を下すにしても、判断という行為を行った個人かグループが責任を負うことになります。結果がどうなろうとも言い訳はできません。
つまり”判断”に通常より大きな責任が発生する場合それは”決断”となるのではないでしょうか。
そういう意味では最初に挙げた辞書的な意味での「物事を見極め、自分の考えを定めること」というのは、納得できる解説です。
いかがでしたでしょうか。実は3つのレイヤーで”判断”材料を得るというとき、➀の社会の規範と、②の組織の規範がぶつかるときどう”決断”するかは考えるまでもないと思っていたのですが、最近の大企業の数々の不祥事発生を見る時、②の(裏)規範が強く作用していることになります。
なぜいとも簡単にそうなるのか、もう少し突っ込んで紐解くと面白いのですがそれはまた別の機会とします。
このテーマはここまでとして、次回は新しいテーマに挑戦することにします。
