雨に降られるのは嬉しくはありませんが、ちょっとホットする時もあります。雨に煙る山並みとかを見ていると、それはそれで美しいと感じます。田植が終わった田んぼを見るのも楽しいですね。
これから関西へ帰ります。
私たちの社会はどの様な形であれ、人と人が結びつくことで成り立っています。一つには、支配する者と支配される者があり、あるいは導く者と導かれる者、また競い合う者、協力し合う者などがあります。これらの良好な人間関係の根底には、お互いを信頼できるかその可能性がある必要があります。
憎み合う者、殺し合う者という関係も存在しますがこれは最初から良好な関係を無視しているのでここでは取り上げません。そんな社会で暮らすのは嫌ですからね。
基本的にはまともな人は、他人との関係を良好に保って、社会生活を送りたいと考えていると思います。
ではそのような人間関係を構築することの妨げになることはなんでしょうか。
その最大の要因は人間の原始的な感情だと考えます。つまり、人より贅沢したい、より尊敬されたい、権力を持ちたい、異性にもてたい、人に恐れられたい支配したいなどの、自然ではあるけれど決して美しくはないというより醜い感情が優先されるとき、他の人と良好なコミュニケーションを構築することは難しくなります。
また、例に挙げたものを裏返しにした感情も同様にコミュニケーションを阻害し、良くない結果をもたらします。
権力をもてないこと、贅沢できないこと、異性にもてないこと、人にばにされること、人に支配されることを自覚したとき起きる、嫉妬、妬み、無条件の反発などです。
このように考えると、自分自身もまた原始的な感情に囚われた人間であることを、改めて自覚してしまいます。
つまり、誰もが持つ感情が良好なコミュニケーションを破壊するのは、まったく自然のことのように思えます。ですから、世の中なかなか暮らし易くならないのは当たり前だということです。難しいものです。
さらに、コミュニケーションが双方向のものだと理解できていないと、独りよがりな関係になって回りが迷惑していることすら気づかない場合もあります。
これはコミュニケーション以前の問題ですが、このような人は結構周りにいるのも事実です。
もっともこれも先に上げた感情が基底にある場合があります。自分を偉く見せたいため、一環しない指示を部下に出すとか、上司のいる前といないときで話の内容が変わるとか。皆さんの周りにはいらっしゃいませんか。
まぁこのような諸々のことをかき分けかきわけ、何とか信頼関係を作ろうとするのが私たちなのですが。
次回は信頼関係を築くためのコミュニケーションとはどういうものかについて考えてみます。
