暑いといえば盛り上がりに欠けた、でも熱い選挙戦も終わり、今後の日本の行末が安倍政権に託されることになりました。
デフレから脱却し、全ての人の生活が少しでも上向き、明日への希望が持てるような社会にして欲しいものです。

グリーンカーテンにゴーヤが沢山成りました。今年はこれでピクルスを作ります。
問題とは、プロジェクトに参加するメンバが、プロジェクトの目的よりも、本来所属する集団の利益を重要と考えるために、プロジェクトの運営に大きなマイナスの影響を与えるというものでした。
今回は、もう一つの問題とキットPMが考える、プロジェクトの意思決定のあり方について考えて行きます。
日本の社会に独特の問題であるのが、意思決定に時間がかかることです。これについては、多くの優秀な先人が色々な角度で思考、分析しているのでキットPMごときが改めて何かを言うことはそれほどありません。
でも、敢えてプロジェクトマネジメントの観点で考えて見たいと思います。
プロジェクトに関係する意思決定には2種類あります。プロジェクトの外からプロジェクトへ対する意思決定と、プロジェクトの中で行う意思決定です。
当然ですが多くの場合、前者が上位レベルの意思となります。その意思を受けてプロジェクト内で意思決定を行います。
この過程で、上位から下位へだけでなく、下位から上位への意思伝達や差し戻しなどの過程を繰り返すこともあります。
つまり、意思決定とはただでさえ時間がかかるものなのです。更に組織が大きくなればなるほど、益々時間が必要になってきます。
その上我々は更に決定に時間をかける必要があるわけです。これには多くの要因があると思いますが、その最大のものが責任を曖昧にしたがる日本人特有のメンタリティだとキットPMは考えています。
正徳太子の時代から「和を持って尊しとなす」の教えが身にしみている我々ですが、本当の「和」とは何か、それを作るためには何を為すべきかなど、深く考えることなく表面的な「和」、つまり妥協の積上げによる意見の一致を重視していると思います。
意見の一致を重視するあまり妥協を繰り返した結果、本来の目的を達成することができなくなる、または目的が歪んでしまうなど、プロジェクトにとって重大な影響が発生することになります。
意見の一致を重視するのは、意思決定の結果を誰か特定の個人の責任にしたくないという思いがあるからです。(いい結果も、悪い結果も)
全体責任と名目のもと、集団として意思決定の結果を受け入れるわけですが、その結果がなぜもたらされたかには、あまり関心を示しませんし、考えたくないのです。
従って、組織の個人個人の果たすべき責任やその範囲を曖昧にすることが、必要不可欠になります。
このテーマ次回も更に踏み込んでいきます。