こんにちはアメブロ。

 

 

 

 

 

 

 

今日は近所にある公園の芝生からお届けしています。(日陰です)毎日暑い日が続いていますが、秋の匂いを嗅ぎ取りtタノは7月下旬。5月頃が一番夏っぽいなと思ったのでした。真夏というよりかは「夏秋」と言った感じ。私はふと、「秋冬」になる前にやっておきたいことを探していました。そうしたら、『公園での昼寝』という言葉。その言葉を聞き逃さなかった私が褒めたいのは自己誠実性です。

 

 

さて。と言うことで、近くの公園にパソコンとナッツと水出しの緑茶を持ってやってきました。

 

 

 

早速ですが、今日は私が見ているこの現実世界。人間の人生をやる世界とも言いますが、その私が見ている現実の世界には2つの世界線が見えています。ですが、このところその2つのうちの1つが見えなくなってきているから、近いうちに2つに見えている世界のうちの1つは、見えなくなるだろうと悟ったという話です。

 

 

 

どうして見えなくなるのかというと、観察して精査した結果、結論が出たから。つまり再認識し、改めてそれもよしとしたことで、理解したと言う機会に感謝したからです。

 

 

おとといの富士山。絵だった。

 

 

 

 

 

 

楽しむと言うこと

 

まず、私という生物を簡単に説明します。この文章を書いている「わたし」と言う存在は、この星のこの文明のこの時代に長い時間をかけて遊びに来ただけの生命体であり、「楽しむ」をやりつづけるということが課題です。だからといって、物理的に金銭的に優遇されていたり、保護下にあるわけでもありませんから、「得した楽な人生」というわけでは全くありません。

 

みなさんと同じこの物理世界に存在しているにも関わらず、どのカーストにも属せず、しかし人として生存しているのですから、みなさんの人生において生じる困難と同等の試練を有した人生です。むしろ文明内に生存すること自体が持ち合わせた性質に対して不一致ですから、そもそも生ききるだけで過酷な人生といえます。

 

 

そして、悲しいことや寂しいことは当然起き、楽しいことも嬉しいことも起きます。そんな人生を生き切るためには、使えるエネルギーは全て使う必要があります。これは私の仕事のような活動である気功療術の極意と同様です。

 

 

ただし、起きる出来事が悲しかろうが寂しかろうが、楽しかろうが嬉しかろうが、その体験を経験している自分に感謝をするということをやる責任というか、やり続けて存在するという義務があり、それを今もやり続けています。そして、その責任のような義務を果たしているから、楽しんでいられているわけであり、同時に自己誠実性は確保され、「わたしの本質」から逸脱することはなく、自然に生き、生存し、それなりに自在に生活していられているのでしょう。

 

 

わたしのこの、楽しむということの意味を具体的にすると、個としての楽しむではなく、個と個のつながりによって生じる楽しみのことです。

 

 

つまり、私個人としての心の平穏は、先に記した対処によって確保されており、たとえ一人であってもその状態を感謝することにより楽しく、そして時には必要に応じて過集中でいられます。ただし、もしもそれ以上の楽しさを求めたのだとしたら、それは他者との関係によって生じる楽しさであり、その楽しさは、仮に個でありつづけたのなら未知です。

 

 

だからこそ他者との関係が最重要であり、その関係によって生じる楽しさ、幸福などに惹かれているのです。ですから、人との関係、関係する人を大事にすることは必須であり、真実では「人を大事にするための自分自身への誠実性及び研磨」は最重要課題として、何よりも優先的に今日まで準備を進め、その結果、ある日地に足がつき、そして現在に至ります。生ききるために必要な「わたし」を取得するための実験は成功と言えます。

 

 

 

 

心ある人と心のない人

 

私が生まれてきて、気がついたこと。この世界を見て気がついたこと。それは、「心無い人がいる」ということです。この文言に否定や批判はなく、ただ純粋に幼少期に気がついたことで、気がついていなかったことを知りつつ、気がついたその時に「あぶない」という危険信号をとらえたのでした。その信号というのは、否定や批判などを含まない『心配』もしくはあと少しで『懸念』です。

 

 

 

中身や内側がなくて、側だけですから、一目で大丈夫ではないということはわかります。体だけしかない人を認識して、心がないのかと気がつき、「なるほどそうか。人にあるべきものは心なのだな」という結論を学んだので、感謝いたします。

 

 

 

どうして心を無くしたのか。なぜ心がなくなってしまったのかについては、原因は人それぞれあるわけです。このことについては先にも申し上げたとおり、否定と批判の意図は含みません。

ちなみに心がない人の特徴はというと。

 

  • 自己中心的
  • 共感性の欠如
  • 責任感の欠如
  • 攻撃的
  • 冷淡
  • 無慈悲

 

圧倒的に「ない」が目立ちます。

その原因はというと。

 

 

  • 幼少期の経験
  • 過去の経験
  • 環境的要因
  • 精神的な健康問題

 

つまり、否定や批判(自他問わず)、不健全、失敗や挫折、比較による劣等感、人間関係、うつ病や適応障害、HSPなどが原因です。現代では、なんらかのパーソナリティ障害といった精神疾患と診断されます。

 

 

 

 

2つの世界について

次の記事で特記しますので、ここでは簡単に表現します。

まず一つ目は、『今までは物質、結果などを優先に生きてきたが、心の扱いに重点を置き始め実践している世界線』

もう一つは、『今まで通り、お金や物などを優先する今まで通りの現状維持』この2つの世界線が視えています。これは、私自身が見ようと意図した結果見えているという自覚を持って見ているので、見たい景色を見ているといえます。

 

そして、この2つは言い換えるなら「変化と不変」です。

見ていて心地いいのは、『変化』です。

 

世界を変えようとするのではなく、自分がまず変わろうとしている点。この姿勢は尊いですし、知性的です。特出すべき素晴らしい人間性でしょう。

反対に不変は、極端な話「私は変わる気がないから世界が変わって」という姿勢。ここからは張り詰めたような緊張感、もしくは少し窮屈を感じます。そのどちらもということもあるかもしれません。しかし、毎日、刻々と時が過ぎている時点で、つまり時の概念がある時点で、私たちの人生を実践するこのフィールドは、地球は事実、変化しています。

 

 

歴史を尊重する

 

私がなぜ、心を無くした人に対して、もれることなく否定的でなかったり、批判的だったりしないか、それをやらないという信念を持っているかといいますと、心を無くす経過において、原因は個々の責任以外にこれまでの歴史からも少なからず十分に影響を受けていることが挙げられます。つまり、6世紀ごろ国家の保護のもとで広まった仏教の伝来や数百年に及ぶ戦、文明開化による急速な近代化、数々の世界大戦、その後の高度経済成長への取り組みや教育というあらゆる情報、家庭環境の変化といった、心を無くさざるを得ない受容すべき歴史があるからです。つまり、物や紙幣や財宝など外側優先になり、人の気持ちがわからなくなるその背景には「そもそも第3的な要因を持つ状況下による影響」を少なからず、しかし確実に受けていることが関係しているのです。

 

 

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誰も悪くない

むしろ先人が命をかけて日本国を良くしてくれたことで生じてしまったねじれによる弊害。

だとしたら元に戻せる。

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ですから、今、もし目の前に人の気持ちがわからないという人が存在していても仕様がなく、むしろ当然。それは普通であり、それこそが常識人的です。決して攻め立てたり処罰意識の対象に値するものでもなく、ただただその人が素直な心を持っていて、近代文明の発展に従順に従った結果だと考えているからです。同じ意味でもう一度言うなら、心ではなく、モノや外側を優先する姿勢を受け入れたのは「素直で純粋な心」による作用だからです。そして、そういった方々の真面目さとご苦労によって今も経済は回っています。

 

 

 

ちょっ風鈴ありすぎ

 

 

 

おしまいに

私の考察は以上です。かなりお役に立つ情報ですから、時間をおいて繰り返し何度かお読みいただくと深く理解することができますし、今理解が難しくても、ひと月後には納得するようなことがおきえますので、ぜひ参考にしていただくと改善のスピードが上がりますので、ご自身の死生観や倫理観の構築にお役立てください。

 

私は、この先、心のない人との接触が今よりも気薄になるか、認識できなくなるような日が来るだろうと感じています。今思えば、気功師としての活動を始めた頃は、訪ねてきてくれた方々には常に自己誠実性、つまり『いかに自分に誠実に在るか』『それが自分軸だよ』と説いていました。しかし最近では、自己誠実性を優先した在り方があった上での情報のやり取りが可能な方々と活動していたり、出会ったり、明らかに以前とは違っているのです。

 

 

人は見たい世界を見る。

意識を向けると現実となる。

十分に近いくらい執着するとその執着は薄れる。(この執着はポジティブな意味の執着です。念の為に;)

 

 

そういう働きによる効果です。

 

 

 

 

そして現在、以前の私のような活動をなさっている方がいることも、わたしの現実が移り変わる状況から理解することができます。

 

 

なんらかのパーソナリティ障害は、その方に全責任がないということ。そして、変わるとしているのだからいずれ変わること。少しずつ、でも確実に元に戻っていますから暖かい目で見守ってあげてください。そして、もしあなたが疲労を感じたら、十分に休んでください。

 

 

 

心のある人は、やはり周囲の状況をよく理解しています。そして自分に対して誠実です。

これは自己誠実性の話ですが、自分に対して誠実な対応をする人は精神も思考も豊かです。

この誠実性は『愛』よりも周波数が高いと感じています。

 

 

 

今回は文字数がとても多くなってしまいました。最後まで読んでくれた方、どうもありがとうございます。

きっと素敵な週末をお過ごしください。

 

 

では、またね。

 

 

 

 

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