私たちは日々の暮らしの中で、さまざまな恐れを感じています。

失敗したらどうしよう。
誰かに嫌われたらどうしよう。
これから先、思い描いたようにならなかったらどうしよう。

まだ何も起きていないのに、そんな考えが浮かび、気づけば自分の行動や選択が恐れに決められていることがあります。

 

 

恐れを感じることと、恐れに委ねること

 

恐れを感じること自体は、決して悪いことではありません。身体や心は、危険を察知すると備えようと反応します。胸がざわついたり、呼吸が浅くなったり、いつもより慎重になったりするのも、その一つです。

大切なのは、恐れを感じないようにすることではなく、恐れを感じたときに自分がどんな選択をしているのかに気づくことです。

 

たとえば、新しいことを始めようとして不安が浮かんだとします。「失敗するかもしれない」と考えて行動をやめる。あるいは、誰かの反応が気になって、伝えたいことを伝えずにおく。

そのとき私たちは、恐れを感じているだけでしょうか。それとも、恐れに選択を委ねているのでしょうか。

この違いに気づくことが、最初の一歩になります。恐れが生まれることと、その恐れに従って行動することは、同じではありません。

 

手放すとは、恐れをなくすことではない

 

ここで、恐れに委ねることを手放してみる、という選択を提案したいと思います。

 

手放すと聞くと、恐れを感じなくなることや、いつも前向きでいることを想像するかもしれません。しかし、恐れを無理に消す必要はありません。恐れがあることを認めたうえで、その恐れに行動を決めてもらうことをやめてみるのです。

 

たとえば、初めて訪れる場所へ向かうとき、道に迷ったらどうしようと不安になることがあります。

 

それでも行ってみたいなら、地図を確認し、準備をして出かけることができます。恐れが消えるのを待たなくても、今できることは選べます。

 

もちろん、実際に危険がある場合は、立ち止まって安全を確かめる必要があります。

 

恐れが知らせる情報を無視するのではなく、現実を確認したうえで、自分の選択を取り戻すことが大切です。

恐れがそこにあっても、進む方向を自分で選ぶ。それが「手放す」ということです。

 

希望に方向を定める

 

では、恐れに委ねることを手放したあと、何を基準に選べばよいのでしょうか。

 

一つの方法は、意識を希望に向けてみることです。

 

恐れに意識が向いているとき、私たちは起きてほしくないことを考え続けがちです。失敗したくない、嫌われたくない、損をしたくない。避けたい未来が、考えの中心になります。

そこで、問いを少しだけ変えてみます。

 

「何が起きたら困るだろう」ではなく、「本当はどうなったらうれしいだろう」と考えてみるのです。

 

人との関係を大切にしたいなら、嫌われないことだけを考えるのではなく、誠実に気持ちを伝えることを選んでみる。新しい仕事に挑戦したいなら、失敗しないことだけを目指すのではなく、経験を通じて何を得たいのかを考えてみる。同じ状況でも、見えるものが変わってきます。

希望とは、思いどおりの未来が訪れるという保証ではありません。先が分からなくても、望む方向に意識を向け、今できることを選べるということです。

 

恐れが気にならなくなるとき

 

意識を向ける先が変わると、以前ほど恐れが気にならなくなることがあります。一般に、不安は注意を向けるほど大きく感じられる性質があります。

 

心配なことを何度も確かめたり、頭の中で繰り返したりするほど、かえって不安は強まりやすくなります。

「もっと安心しなければ」と恐れの有無を点検し続けること自体が、恐れに注意を注ぎ続けることになるからです。

 

反対に、注意を今の行動や目的に向けると、不安を確かめる時間が減り、気持ちが落ち着きやすくなるといわれています。

たとえば、休日の予定を立てたとき、天気が崩れないかと心配になります。何度も天気予報を確認し、雨が降ったらどうしようと考えていると、楽しみより心配のほうが大きくなるかもしれません。けれども、雨なら傘を使おう、予定を変えてカフェで過ごすのもいいなと考えられたらどうでしょうか。

心配が消えたわけではなくても、楽しみにしている時間へ意識を向けられます。

 

恐れが気にならなくなるとは、恐れが二度と生まれなくなることではありません。恐れがあっても、それだけに意識を占められなくなるということです。

ただし、不安が強く日常生活に支障が出ているときは、一人で抱え込まず、専門家に相談することも大切な選択です。

恐れを感じる自分を責めない

私たちは、目の前の出来事に反応しながら生きています。
 

うれしければ喜び、悲しければ悲しみ、危険を感じれば身を守ろうとします。誰かの優しさに触れれば心が温かくなり、先の見えない状況では不安を感じます。

 

恐れを感じたとき、つい「こんな気持ちにならなければいいのに」と思うことがあります。けれども、恐れを感じられるのも、出来事を受け取り、自分なりに反応しているからです。すべての反応が心地よいわけではなく、受け止めきれない日もあるでしょう。

それでも、身体が緊張している、心が揺れている、何かを恐れている、と気づけたなら、その事実を静かに受け止めてみてください。恐れを感じた自分を責める代わりに、「今、私はこう反応しているんだな」と認めてみる。感じる力があるからこそ、喜びや温かさ、誰かへの思いやりにも気づけるのです。

恐れがあっても、大丈夫

 

これから先も、恐れを感じることはあるでしょう。新しいことを始めるときも、大切な人と向き合うときも、未来が見えないときも、心は揺れます。

それは、努力が足りないからでも、考え方が間違っているからでもありません。

 

恐れが生まれたら、まずそのことに気づき、自分は今、恐れに委ねようとしているのか、希望に向かって選ぼうとしているのかを静かに確かめてみてください。恐れを感じていてもいい。すぐに気持ちが変わらなくてもいい。そのうえで、望む方向に意識を向け、今できることを一つ選んでみるのです。

冒頭の問いに、もう一度戻ってみましょう。失敗したらどうしよう。嫌われたらどうしよう。思い描いたようにならなかったらどうしよう。その不安が消えなくても、失敗するかもしれない中で一歩を踏み出し、嫌われるかもしれない中で誠実に気持ちを伝え、先が見えない中で今日できることを選ぶことはできます。

大丈夫。

その言葉は、何も問題が起きないという約束ではありません。恐れを感じる自分も、迷いながら選ぶ自分も、そのまま受け入れて歩んでいけるという意味です。

 

恐れをなくしてから生きるのではなく、恐れがあっても生きていく。その先には、恐れだけにとらわれていたときには見えなかった希望が、静かに広がっているのかもしれません。