こんにちはアメブロ。
 
前回の記事から少々時間が開きました。皆さまお待ちいただきありがとうございます。
 
 
 
今日のブログの内容は、この度わたくし、子供の頃に「住みたい!」と夢みた場所に引越しました。という記事になります。
 
 
すでに引越しは終わりまして、荷ほどきもほぼ終盤。家と環境こそ変わりましたが、それまでの生活と同様の内容に戻り、着地いたしました。

 

 

今回、引っ越した場所をお知らせすると、ここは長野県でございます。周囲には日本を代表する山々がそびえており、自然豊かな風景がパノラマで広がっております。

 

 

山の方へ車を走らせると、そこにはすぐに上高地があり、梓川上流域の美しく愛おしい景色を眺めることができます。

 

 

 

 

 

 

 東京駅から3時間。

新大阪駅からは4時間と、大変アクセスしやすく好立地!

 

 

山、川、木、水、温泉、米、蕎麦、山菜、りんご、柿、栗と私の生存に必要なものが今でも溢れるほどある豊かさは尊く、これはありがたい奇跡。

 

 

 

ここは、私自身が「山が好きだ」ということに気づいていなかったことを気がつかせてくれた場所で、もしも幼少期にこちらを訪れることがなかったら、そして、その時にここに住みたいと思わなかったとしたら、その後のアルパイン登山やネパールへの引越し、建築や料理、気功の研究を行うことはなかったでしょうし、山と川と木との関わりがなかったら、気功師の今の私は存在しなかったかもしれません。

 

 

自然と密接に関わってきた理由も、ここに住むためでしたし、ここに住むために必要な自分を作ってきた。そう言えます。

 

 

 

それはつまり、この場所は私が命をまっとうするのであれば必須の場所。最も重要な場所だということです。

 

 

そういった、人生にとって重要な場所に居住すると、なんだか夢の中にいるような感覚があり、この感覚は初めてのことだと気がついたりします。

 

 

引っ越してからというもの、毎日ワクワクしています。

 

 

 

 

 

 引越し自体は2年ほど前から計画し始め、何度も足を運びつつ楽しみ、ちょうど家の更新の通知を受け取ったことがきっかけです。
 
そして、いつも通り長野県の土地や中古住宅、新築住宅を閲覧していたら、今回の戸建を見つけたのでさっそく内見し、契約しました。

 

 

 見つけて内見して契約するまでかかった時間は1週間。あっという間に荷物をパッキングしなければいけない身となりました。一週間は確かに短いですが、このパッケージ自体は40年かかっていますから、本音では「ようやくこの時が来た」という感嘆の思いでした。
 
 
 
引越しまでの時間、それは30日ほどありました。私としてはその時間はとても長く感じましたし、できることなら時計の速度を早めたいと思うほど、長い時間に感じました。30日の時間はマイナスと捉えられるような心境が微かにありました。ですが、すぐにプラスに変換することができました。理由は引越すことが決まり、『引越す人』という現実に身を置くと、それまで生活していた感覚とは違った感覚が街から感じられ、その感覚は「愛おしい」という言葉にすることができました。
 
 
 
つまり愛着です。私は引越しまでの30日の間、この街に愛着を持っているということに気がついていなかったことを知り、その愛着を感じながら過ごすことができました。そして、その愛着は日が経つほどに大きな大きな感謝となっていたのです。
 
 
 
30日間を過ごすにあたり、私はただ待つのではなく散歩に出ることの優先順位を上げました。
歩いたり、サイクリングしたり、バイクに乗ったり、方法をその時々で変え、とにかく市内を散歩しました。
愛着を持って街を眺めると、おせわになりましたという優しい気持ち。
当初の目的も達成されたし、文明の便利さの恩恵も十分受けた。今までの時間を懐かしむ。そんな時間が続きました。
 

 

 

 
 
 
この感覚を大事にしようと思った私は、バイクと車のナンバープレートを「富士山」に変えました。
 
 
 

 

 

 
 
それまでの伊豆から
 
 
 

 

 

 

 

 

富士山に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

車のナンバープレートも、それまでの伊豆から

 

 

 

 

 

 

 
 
富士山に。
 
 
 
 
私は現実主義なところがあり、思い出を形にして残すよりかは、心の中においておくタイプなのですが、今回は私の長年の夢が叶ったこともあり、そのことは私の人生の中の出来事としては、十分に今後に大きな影響を与える出来事です。とても重要な瞬間であることを理解していますから、神様と過ごした時間をこれからも続けたくて、そばにいて欲しくて、この形に残しました。
 
 

私の心得の話ですが、私は一人で生きていられていられているのではなく、太陽、雨、風、植物、動物や人、物などの力をお借りして生きています。それは「使えるエネルギーは全て使う」使わせていただく気功師も同じなのです。いつも何かの力をお借りしている。だから感謝の心が生じているのは当然。その感謝とともに在ること、それは生き方であり、この生き方が私には一番あっています。
 
 
人と全く違う自分に気がつき触れた孤独や一人で膝を抱えた夜も、あてもなく彷徨った荒野も、心安らぐ風や植物の香りも、陽の光も、私という存在が存在していると確認するには十分すぎる刺激的な時間だった。こうして自分の人生を振り返ってみると、たくさんの出来事が思い出となって蘇ってくる。その思い出は、私が選んで実行したことであって、やりたくてやったこと。関わってくれた全てに対しての感謝しかない。
 
 
 
だからこそ、今言えるのは、私は生まれてきたくて生まれてきた。これに尽きる。実際のところ生まれてくる前のことは抽象的すぎて体を持った今では証明もしづらい。でも、生まれてきたくて生まれてきた。「地球で人生をやりたい」ただそれだけなんだと思う。そして、生死の時の間、いつも私は多くの助けを受けていて、それで人生が進んでいく。時に大きく動く。これは間違いありません。これからも選択は至上の喜びとして扱っていきたいと思います。
 
 
 
 
体をくれた父と母に感謝します。あなたたちはもうそれだけで十分親の務めは果たしてます。ありがとう。その父と母を産んだ祖父母やその祖父母の両親、その両親の親の先祖の人たちもありがとう。
 
 
 
 
そして。
 
 
 
ポジティブでメンタルが強い人というのは、単に明るい人を指すのではない。
目の前で起きる出来事に対して、仮にマイナスであったとしても、プラスに変換できる人のことを指すのだ。
 
私がこのブログで今後も伝えていきたいことは、間違いをしない道を選ぶことではなくて、何が起きてもプラスに変換できる力とその感性を伝えていきたい。
 
 
 
そう思っています。そんな気分。
 
 
 
最後までお読みいただきありがとうございました。とりあえず今は、引越しも終わり、まるでワープしたかのような感覚の中、しれっと同じ毎日を過ごしています。またこの地で新たなターンをやっていきますので、今後とも温かく見守っていただけたら幸いです。
 
 
 

皆さんもきっと素敵な午後を過ごせますように。

ではまたね。