― 気功は「足す」のではなく「戻る時間」―
「整える」と聞くと、何かを加えることのように感じる方が多いかもしれません。
足りないものを補う。弱っているところを強くする。乱れている状態を正す。けれど、気功で大切にしている「整う」は、少しだけ意味が違います。
それは、何かを足して変えることではなく、もともとの状態に戻っていく流れを邪魔しないことに近いのです。
私たちの体は、本来とても賢くできています。
疲れたら眠くなり、寒ければ震え、傷ができれば自然にふさがろうとする。特別なことをしなくても、体はいつも「ちょうどいい状態」に戻ろうと働き続けています。
けれど日々の暮らしの中で、私たちは知らず知らずのうちに力を入れ続けています。
考えごとをしながら眠り、気を張ったまま呼吸をし、休んでいるつもりでも体の奥は緊張したまま。がんばっている自覚すらないほど、「がんばる状態」が当たり前になっていることも少なくありません。
この状態が続くと、体は戻ろうとする力を持っていても、その働きを十分に発揮しにくくなります。
壊れたわけでもなく、ただ少し、体が本来の落ち着きを保ちにくくなっているだけかもしれません。
気功の時間は、ここにそっと働きかけます。
何かを押し込んだり、エネルギーを送り込んだり、変化を起こそうと強く働きかけたりはしません。
むしろその逆で、体が無意識に続けている余分な力がゆるむ方向へ、静かに寄り添っていきます。
力を抜こうとしても抜けないとき、「抜こう」とがんばるほど、かえって力は残ってしまいます。
だから気功では、がんばってゆるめようとはしません。
ただ、体が安心して「もう力を抜いても大丈夫なんだ」と感じられる状態を整えていきます。すると、体は無理のない方向へ、少しずつ変わり始めます。
呼吸が深くなったり、まぶたが重くなったり、手足が温かくなったり。
これは外から何かを加えた結果ではなく、体の内側にある調整の働きが動きやすくなったサインです。
整うというのは、特別な状態になることではありません。
余計なものが少し静まり、もともと備わっていた働きが前に出てくる状態です。
強くなるのでも、正しくなるのでもなく、本来のリズムに戻っていく感覚に近いものです。
体の中では、呼吸、血の巡り、体温、内臓の動きなど、自分では意識できない働きが少しずつ足並みをそろえ始めます。それは派手な変化ではなく、とても静かで穏やかな変化です。
「何かすごいことが起きた」というより、「なんだか自然な感じがする」という感覚で訪れます。気功師がしているのは、この流れを無理に起こすことではありません。
体を導くのではなく、体の内側にすでにある働きが動き出せるよう、そっと環境を整えているだけです。
例えるなら、止まっていた水を押し出すのではなく、流れをふさいでいた石を静かにどかすようなものです。
水がもともと流れる力を持っているように、体にも戻る力、整う力が備わっています。足りないから与えるのではなく、動けるように余白を取り戻す。
それが、気功で大切にしている「整える」という意味です。
もし今、疲れが抜けにくかったり、眠っても休んだ感じがしなかったり、どこかに力が入り続けている感覚があったとしても、それは体が壊れてしまったからではありません。
整うとは、特別な力を受け取ることではなく、自分の中にすでにある力が働ける状態に戻ること。そのきっかけとして、気功の時間があります。
がんばるための時間ではなく、がんばらなくても大丈夫だと体が感じていく時間。
整うとは、そういう静かな変化の始まりなのです。
次回は、体が整い始めたときに現れる、ほんの小さなサインについてお話しします。
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