前回のお話です。
私の父は団塊の世代1期生。
NTT(旧電電公社)に勤務し、
そのまま定年まで勤めあげました。
父の性格は一言でいえば
the昭和親父
頑固・融通が利かない・正義感の塊
謎の根性論・根拠なき自信
(世の昭和親父さんたち、ごめんなさい)
ランニングが趣味で、
マラソン・駅伝はかならずTVで見ます。
特に箱根駅伝に関しては録画して見直していました(笑)
その後持病もありランニングはDrストップがかかり、
自分で走ることはできなくなりましたが、
よくマラソン大会のボランティアに参加していました。
お酒も飲めないので、
ランニングができなくなった時は
相当悔しかっただろうなぁと。
それでもボランティアは楽しそうにしてたので、
…楽しかったんだと思います。
「24時間戦えますか?」
のリゲイン社員が求められた時代。
正義感の塊の父も例外なく猛烈社員してましたが、
その正義感と頑固の塊の性格ゆえ、
仕事ではかなり苦労したそうです。
後から母に聞いた話です。
それでも家族もいたし、終身雇用が当たり前の時代
簡単に辞めるなんて言えなかったのだと思います。
冷遇をされても辞めずに耐え続けた。
勤続30周年の時に表彰がありました。
その時は単純に
「30年も同じことをするなんてすごい!」
と思っていました。
でも今改めて
色んなことを背負って耐え続けた30年、
そして定年まで勤めあげたこと
心の底から尊敬しています。
父は昨年予期せぬ病気で他界しました。
退職後は自治会の仕事やボランティア、
地域のことに緊急入院する直前まで、
入院してからも精力的に取り組んでいました。
私は私で遅めの反抗期を発症していたので
大人になってからの方がうまく関われなかったのですが、
そんな娘からみても会社員時代よりも
生き生きしていたように見えました。
実の母(私の祖母)から雑に扱われたり、
仕事では冷遇されたり、
父の人生はキツイことの方が多かったのでは?
と思っていました。
でも私が知っている以上に人に貢献し、
人に必要とされ、
愛し愛された人生だったのだと。
それも亡くなってから知りました。
そして『大事なことは後から知る』
ということも知りました。
頑固で不器用な父だったけど、
私への不器用な愛情と
バカ正直さは
人に信頼されるということを見せてくれました。
そして亡くなった後からも大事なことを教え続けてくれている。
お父さん、ありがとう。
〘わたしの世界観3〙~わたしの母
に続きます。
