『よく生きる』
2005岩田靖夫、ちくま新書
明治
自主独立の個人
江戸
権威主義
基本的人権は自己実現のための条件
思想信仰、言論、居住移動、企業、結社の自由
デモクラシー
幸福はアレテーに即した生命活動だ
幸福とは、道徳的な徳を核としながら、卓越した自然的能力を活動させる自己実現のことである
人間の生命とは自己実現である
エゴイズム、競争社会
勝敗、不公平、階層的構造
能力の差は埋まらない
弱者を押しのけること
⇒人格的相互承認、主人奴隷関係の克服
他者の承認、他者との交流
力による自己防衛は孤独、絶望、不幸に到るという逆説
他者に開かれるためには弱者になるほかない
存在の彼方、自己犠牲
無私、贈与への憧れ
啓蒙、頭を明るくすること
自律的な人間=啓蒙された人間
自分で自分を支配する
アウト(自分)/ノミー(支配)
単独者
如何に生きるかを教会が教え国家が強制する堕落態
真の信仰とは理性で納得して信ずること、解釈の自由を俟ってはじめて一人前の信仰である
反駁的吟味
「アテナイ人諸君、死を逃れることが難しいのではない。むしろ悪を逃れることがはるかに困難なのだ。なぜなら、悪は死よりも速く走るからだ」
徳は知である
信仰と賭博
己の生を賭けることは美しい
善と美は永遠を宿している
超時間的実在性
自己超越、脱自
認識による保証をもたない賭博的決断
善の探求
善を求める願望こそが人間の根源的本質である
啓示=詩人の言葉=脱存的謳歌
醜汚、可傷性、弱さ
他者の高さは否定の力にある
エピクテートス
暴君と奴隷
肉体をいくら殺しても心は支配できない
人に形だけ言いなりになっても心は絶対に言いなりにならない
報復原理の否定、復讐の禁止
神は悪意をもたない
敬虔とは神への奉仕、自己の魂の配慮である
願望の成就から意志の発現へ
代理人としての遂行
悪を癒す清めの場の根源的要請
人間のもつ本源的な弱さについて
*
ニヒリズムの時代、神なき時代
すべての価値が無価値になった
狂気の人間、マクベス、イワン
病気の堆積
肉体の苦しみは殺人の欲望を示す
自己同一性、エゴイズム、他者の抹殺
神が存在しなければすべては許される
西洋哲学:自我の内の真理の尺度
ソリプシズム、自己の絶対化
ソルス
ラショナリズム
理性主義、認識、全体主義
自我への同一化としての真理
他なる存在の征服
人間の諸営為は「技術」である
認識、労働、所有
外部にあるものを理解・利用・同化・道具化
同化とは個別の対象における特質の中性的還元である
認識は普遍概念の適用であり、個々の個別性を中性化する
*
自我を超えたものとの関係、認識を越えた経験としての真理
ソシアリテ、交わりへの憧れ
交換から贈与へ
孤独からの脱却
懐疑、挫折、敗北、孤独、絶望
かかわりの網の目、かけがえのない人
本当の交わり、愛、自由な出会い
要人警護
力による支配、財産、名誉、地位、才能、美貌、魅力
宝に興味はない
「善きサマリア人」
弱さ、苦しさ
自他不二
その人へ向けて祝祭を表現する相手、対話者
他者への希求、善意
意味=純粋な移動=絶対的な方向付け
欠如や満足、開示や隠蔽の彼方
超越、高み、畏れ
絶対なるもの、私から切り離されたもの
デジール
希求、希望、憧れ、願望
忘恩において、応答は奇蹟である⇒紅莉栖
アカリストイ、忘恩
カリス、善意=感謝=贈与=恵み
*
他者を求める神
毎日の必要に悩むな
信心決定、回心
自分で自分を正当化しようとする人たち
パリサイ人
「放蕩息子」
悪は私だ
妙好人、絶対他力
因幡の源左
自己保存、宗教的全体主義、権力体制の護持
神=無限
アンフィニ
①有限ではない、有限を越えている
②有限の中にある
現れ、他者の痕跡
比類のない能動性、絶対、超越、不在
ヴィジタシオン、訪れ
指示するもの-指示されるもの
顔-超越
痕跡-不在
二者関係を越える不当な不在
イル、第三者の審級
不可逆な過去
つねに通り過ぎた過去
取り返すことの出来ない過去
インコグニート、無名の者
可死性
神の低さ=高さ
飢えた者、渇いた者、裸の者、病気の者、牢獄の囚人
ケノーシス、神の自己虚無化
反抗、拒絶、背信、憎悪、破滅、自由意志
人に後ろ指を指されないように完全な人生を作り上げようというのは意味のない幻想である
そういう人生がありうるとしたら、それは滑稽な、もしくは温かい心を失った機械人形の人生である
*
かけがえのない他者との出会い
ジョルノ……
オレは…
生き返ったんだ
故郷… ネアポリスでおまえと出会った時…
組織を裏切った時…にな…
ゆっくりと
死んでいくだけだった…オレの心は
生き返ったんだ……
おまえのおかげでな………
幸福というのはこういうことだ…………
これでいい