しぱしぱ | 陽炎の帯の上へちらりと逆まに映る鴉の影―どーすかΩ

陽炎の帯の上へちらりと逆まに映る鴉の影―どーすかΩ

この部屋の中にいるヤツに会いたいのなら もっと、寿命をのばしてからおいで

わあいろいろつながりはじめてるよ!


コンステラツィオーン(危機=布置)って…なんての?「ピンチはチャンス」みたいなすげーめんどいノリではあるんだけど、でもまあ、気持としては分る。

ま、たしかに、わかるよね。うわ状況が動きそうっていう、緊張の高まりみたいなものはある。

嵐の前の静けさというか、肌にぴしぴし来るのがわかる。

いいかどうかはわからないけれど、主観的には一応整合する。

…。

このあとぼそぼそ書いていたらひとつ(まともに読める)文章がかけるだけのものがぽろぽろ出てきたのでまた近いうちにかく。

えーと、頭がまわらない。

あれ、わすれちゃったよ。

…あ、ひとつ。

まどろむようなピンクの灯りは浮かれさわぎにとってもお似合い。

山下達郎、パレード。

この曲むかしポンキッキーズでつかってたんだよね。

で、ぼくは好きなんです。

すげーなぐさめられるし、他にこれほど春っぽい曲を寡聞にして知らない。

ピンクの灯りは緑の灯火の「上書き」である。

だからそれはぼくを生かす福音であるはずなのだ。

で、まどろみっていうのは「人間学的まどろみ」であり、「シーニュについての信」の地平(視界)である。

シーニュはsigne、これは意味、significationと同語源であると思う。

signeはドイツ語の意味、sinnと同語源なのかな。だれかわかる人いません?

同じであるならば、sinnは方向がもともとの意味であるそうだ。

方向は向く=目がける方だね。

目的は意味と非常に近いところにあることはたしかだ。

緑の灯火をピンクの灯りで上書きすることは、ぼくがぼく自らを意味の大地に引きずり戻すことだろう。

ぼくがなぐさめられたのはそういうことですY(@おさる)。

がんばろーおー!

あ、で、めくるめく桃色のキャンパスライフの入り口の門にはこんな言葉が書き付けてあるという。

「この門をくぐるものはモンハンと麻雀を捨てよ」

相手にするかどうかはあなた次第よ。