んーと? | 陽炎の帯の上へちらりと逆まに映る鴉の影―どーすかΩ

陽炎の帯の上へちらりと逆まに映る鴉の影―どーすかΩ

この部屋の中にいるヤツに会いたいのなら もっと、寿命をのばしてからおいで

やっと、エントリひとつ打ち終わりました。


ノートに書いた文章をコツコツ打ちためて、

で、きのうできました。


できたけどもー、焦らそ。


今ちょっと時間ないので、また今夜か、

明日くらいには公開するかも。


で、どんな感じに仕上がってるかというと、

ん?


「くどい。」


そうかなー、そうね。それはそうです。


はいー、ま、そうなんですけども、

あのね、一応言い訳させてもらうとね、

あ、時間きびしい、ま、ちょっとだけ。


あのー、基本的にここでも、

自己言及の構造になるわけじゃないですか、

それはいいんですけども、

「あたしは本当は繊細で弱い人間なの」とかね、

そういうふうに「告解」するわけじゃないですか、

ひとつにはそこにキリスト教権力が発生してきた

歴史があるわけです。それはちょっとやっぱり

躊躇うってのはあるよね。


もうひとつは、その、「あたしの本当の一面」とか

「あなたにしか見せない素顔」みたいな自分語りが、

これがホントに超ウザイって感じるんですよね。


それはやっぱり嫌で、というのは、

「あたしの本当」なんて、当の「あたし」も、知ることが

できないんじゃないかっていう直観があるんですよね。


それは、脱臼しておきたかったっていうことはありますね。



でー、今は、

「熟慮の末、「やらない」という苦渋の決断を下した」と

いうのと、「何も考えないで、そこに問題が発生している

ことにも気づかないで、「やらなかった」」というのと、

違いがあるんだろうかな、ということを考えてますね。


わからないけど、外からの観察では、両者は区別が

つかないような気もする。



んなとこですね、じゃあちょっと待っててw