ところでもうひとつ重要なことがある。
そもそも宝箱協会とはなんなのだろうか。
宝と聞いてまず思い出すのはスチーブンソンの
「宝島」である。
しかし小説の中でホーキンズ少年達が見つけた宝は
海賊達が遺した洞窟一杯の金銀財宝であり
そこにおいては「宝箱」という存在は大きな意味を持って
いなかった。
そうなのだ。人々が関心があるのは宝それ自体である。
そういえば僕は生まれてこの方宝箱というものにお目に
かかったことがない。恐らくほとんどの一般家庭には「宝箱」
なんてないのではないだろうか。
中にすてきなものが詰まった四角いハコはテレビと冷蔵庫で
十分である。
流麗で荘厳な宝箱と質素で味気ない金庫やコインロッカーの
違いは何だろうか。
前者が形式的で装飾が重視されるものであるのに対して
後者は実質的で機能面が重視されるものである。
宝箱は中身の宝を誇示し際立てる祭壇的な役割に特化する。
金庫は中身の貴重品を隠し匿名性を持たせる効果もあって
盗賊から宝を守る、それだけが仕事である。
どちらも宝を保管する入れ物に変わりはないが、宝箱は
「ここに宝があるぞ」と宣伝しているようなものであって皮肉にも
中身を他のものに持っていかれるために存在する
「プレゼント・ボックス」なのだ。
宝箱にしまいこまれるのは有用でないガラクタか余りある力を
秘めた魔導具かあるいはヘソクリである。
本来これらはそれぞれゴミ箱(可燃不燃)、神殿(魂を鎮める)、
タンスの裏に容れるべきだ。しかしそうせずに宝箱に容れると
いうのはやはり宝を持ち去る第三者の視線を意識しているのだ
と言えるだろう。
だから宝箱という存在は好奇心か思いつきかちょっとした善意か
無類の愛情か悪くてもイタズラ心くらいが動機になっているはず
である。
ゆえに宝箱協会も少なからずポジティブな集団であるはずで
暗躍というのも本来はこそこそする必要もないことを何らかの
素敵な思いつきでわざわざ隠しているのだろうと僕は考えた。
スクラップされて穴があいていなければ目に留まらなかっただろう
人に気づかれないほど地味な記事で「宝箱協会暗躍」というのは
本当に微妙で繊細で危ういバランスの上に成立したちょっとした
奇跡なのだ。
僕はこの時点で宝箱協会に少なからず好意を抱いており
暗躍というのも完全に楽観視していた。
新聞を切り抜かれたというのはショックだったけどこの記事に
気づくことができたから逆に感謝していたくらいだし
とにかく事態は少なくとも今よりはよい方向に進むだろうと思った。
なによりも宝箱協会とその暗躍、いつなぜ誰がスクラップを
したのか。
この三つの(あるいはもう少し多い)アンノゥンに心を奪われて
目の前の小石にはちっとも気づかなかったのである。
なぜスクラップをしたのか。
誰が、とも被るけれどわからないのはその目的だ。
記事を僕に読ませないため?
あるいは全国で全ての新聞が同じようにスクラップされて
いるのか?
でも読ませないためならば何もしないほうがいい。
スクラップしなければ誰も気づかないし読まないからだ。
木を隠すなら森の中に、である。
それに見出しを残したのがわからない。
本文はなくても、興味を持てば自分で探るだろう。
もしかしたら逆に、僕にこの記事を読ませるためかも
しれない。
とにかく目的がわかれば「誰が」「なぜ」の部分は
わかってくるだろう。