母は今、図書館の掃除のパートをしています。
ある日、3~4歳くらいの小さな子どもが母に声をかけてくれたそうです。
「ありがとう。」その一言が、とても嬉しかったと話していました。
その話を聞いて、私はモヤモヤ
私の子どもは、知的障害があり、知能は3歳くらいです。
だからこそ、ふと思いました。
母は、他人の3歳くらいの子は「かわいい」と思えるのに、自分の孫には同じような気持ちを持てたのだろうか。
私達の小さな頃の子育ては祖母や学校に任せることが多く、私達の孫ともほとんど関わりませんでした
健常の孫ですら関わることはほとんどなく、その孫にも、あまり好かれていない母
母は昔から仕事ばかり
外では愛想がよくても、身内からの評判は決してよくありません。
母はよく、「仕事をしなければならなかったから。」と言います。
もちろん、生活のために働くことは大切です。
でも、それは母だけではありません。
同じように働きながらも、子どもに愛情を伝え、向き合っている親はたくさんいます。
だから私は、「仕事だったから仕方ない」という言葉だけでは、どうしても納得できません。
子どもの頃に欲しかったもの
お金でも物でもなく、「見てもらえた」「大切に思ってもらえた」という実感だった。
その気持ちは、今も心のどこかに残っています。
私も姉も、小さな頃から母が苦手でした。
大人になってから苦手になったのではありません。
子どもの頃から、ずっと同じです。
母は家族よりも外の世界を大切にしているように見えました。
他人には愛想がよく、感謝されることを喜ぶ。
でも、家族は寄り添ってもらえた記憶が少ないのです。
だから姉妹とも、心が疲れ、今は距離を置いています。
一方で、祖母は違いました。
私の話を聞いては「かなんなぁ。」「えらいなぁ。」
そう言ってくれました。
たったそれだけの言葉なのに、「分かってもらえた。」そう感じることができました。
今思うと、私が欲しかったのは完璧な母親ではありません。
ただ、「あなたは大変だったね。」その一言だけでよかったのです。
大きな愛で見守っていてくれるだけで良かったのです
言葉があっても無くても子どもの頃の私は、もう少し安心できたのかも
甘える時間は無くても心は安定したのかも
私の子供は言葉をもちません
動物もそうですが愛で満ちあふれています
ただ寄り添っているだけで安心です
言葉は刃にもなるから
母と話すと疲れます
そんな愛着障がいの私
今も誰も信じることが出来ない
いつも不安だらけ

母親業って一番大事な仕事だと思う
人を育てるのだから
オモチャじゃない機械じゃない
母にしか出来ない事があるんだから
自分の親世代を見て希望なんか無い氷河期世代
その両方を見ていた子供20代は、もっと希望なんか無いだろう
働く女性が増えるのは大事なんだろうけど家庭はもっと大事
父だろうが母だろうが人
美輪明宏さんのメッセージがしみる
日本はどこへ行くの?
海外みたいに仕事より家庭を大事にする生き方
親自身が幸せじゃないと子供に愛を持って接する余裕はない
少子化は進むだろうね