あしたは日曜日である。

地元のプロ野球チームの試合があるらしい。

かといって見に行く予定があるわけではない。
なんとなく急に思い出したので書き出してみただけである。


友人につれられて数回試合を見に行ったことがあるのが...、弱っ。
最弱である。
そんなチームの試合なのだが、球場はいつも地元住民たちによって満たされている。

その観客たちは、このチームに何らかの愛着/愛情を持っている。
(あの弱さがたまらないのかもしれない)

だが彼らも、別に野球の試合がメインの目的に来ているのでは必ずしもないように見える。
たとえば、
- 家族そろって休みの日をのんびりすごす、
- 日光浴、
- 昼間から外でビールをかっくらう口実、
- ピーナッツの殻をまき散らす、
などの目的のために球場にきて、2-4時間の時間を費やす。
(最近は球場内「禁ピーナッツ」らしい)

チケットも席によるが10ドルしないし。
映画のチケットと同じまたはそれよりも安い。

球場は映画見に行くよりも自由度が高く、だらだらできる感じ、と言ったところだろうか。

自分自身も家族と時間を過ごした記憶はほとんどないので想像の域をでないのだが、
家族との時間を過ごす事に関しては、この国の人々は実にうまい、と思う。



ジョブのオファーをイギリスからもらった。
来年の話である。鬼が大爆笑中である。
(しかしなんで鬼ごときに笑われねばならないかと)


イングランドはどうなのか。

正直、イギリスは2回ぐらいしか行ったことがないのだが、特に悪い印象はない。
パブにふらっと入れば、癖のあるアクセントを惜しげもなく使った赤ら顔の会話に巻き込まれている。
そんな感じが僕のロンドンに対する第一印象である。


仕事的にはどうか。
これが難しい。
イギリスには、いわゆるラボがない。
いや、なくはないんだけどね。でもそこで何か目立った実績が積まれているかというと、知らない。
そんなわけで、たとえイギリスに職を得たとしても、アメリカ、フランス、日本あたりに仕事をしにいくことになる。

目先のことだけを考えると、ポンド立て給料/ドル生活者なんて良くない?
ポンドの為替レート無駄に高いし。
(なぜポンドの信用がそんなに高いのか、全く理解できないが)

もうちょっと長期的な見通しを考えると...
見えないですな。
ファカルティーに近いポジションとは言えね。
いったい、どうしたものか。

そんなことを考えながら、曖昧に返事をしていると、その先から着々と話が進んでいるところがまたどうしたものかと。


しかし、なにゆえ僕は北へ北へと向かう傾向があるのだろう。
学生時代はドイツの北の果てで仕事をし、今は冬場に-25度(摂氏)とかになるような場所で仕事をしている。(かといって夏が快適な訳ではないというのが涙を誘う)
寒いのよ。本当に。

数年前には「絶対に南に行ってやる」と心に誓ったはずなのに...。

先日いったスペインは実に良かった。まじで。
食事からなにから... やっぱり、南でしょ。北でなく。



しかし、さっきからテーブルの向かいのカウチで同居人と見知らぬ奴が水のようなビールを流し込みながら、ピザをむさぼっている。
ビールもピザもさっきのレフトオーバーだし。
どうせなら、あのサルサソースもらってくればよかったのに。作り方聞いとけばよかった...
(っていうか隣のお前は誰だよ)

この時間に飲み食いしたら太るだろうな... と思いながら手渡されたビールをあけてる僕。
さっきさんざん飲んだうえにこのビール。

明日ジム行ってくるかな。
ここ何年か、夏がくると思い出すことがある。

叔母の別荘。
別荘といってもそれほど大したものではないのだが、子供の頃毎年夏に遊びにいっていた。


自分には両親の実家と言う意味でのイナカがない。
(厳密に言うとなくはないのだが...)

だから、世間で言うお盆休みにイナカ行くということの代わりにそこに行っていた。
そのため、小さいころは友達が言う「イナカにかえる」の意味がわからなかった。
(「僕もイナカに帰りたい」と言って両親を困らせた記憶がある(笑))

気温は東京に比べれば大分涼しい(ような記憶がある。夜とかね)。
とはいっても日差しは強く、毎年、真っ黒に日焼けしてかえってきていた。
そういえば、生まれて初めて一人で電車にのってどこかに行ったのもそこだった。

そこには、山があり、川があり、田んぼがあり、信じられないくらいデカイ虫がいたりと、僕にとっては非日常の固まりだった。
そして、なによりも、とてつもなくデカイ空があった。これは小さい僕に取っては想像を絶することだった。


いま居るところは、無駄にデカイ土地と空なら無限にあるようなところだ。
(こんなところに国家を築いたと言う事実だけで尊敬に値する)
きっと、この空をみて、思い出したのだろう。


いつからだったろうか、そこに行かなくなったのは。
きっと、無駄に多感な中学・高校らへんからだろう。


叔父と叔母の間には子供がいなかったこと、叔父母は僕の両親とも大分年が離れているというのもあり、僕ら姉弟を「孫」のようにかわいがってくれた。

「叔母の別荘」と言っているが、僕がそこに通っていた頃は叔父も健在で、一緒に散歩をして、この木がなんとかで、この虫はなんとかでと色々と説明を受けた気がする(残念ながら興味がなかったのでほとんど覚えていないが)。
あとプールに行ったり、湖に遊びにいったり、花火をしたりするのもつきあってくれたような気もする(今考えるとだいぶ振り回していたな...)



こうして思い返すと、自分が育っていく過程で、いかに周りから愛されていたかを思い知らされる。

今では、叔母も歳をとり、両親も歳をとっている。

人が一人が何十年も生きていくと言うことがいかなることなのかもじわじわと肌で感じる今日この頃である。

こんど帰国したときはちゃんと挨拶に行こう。
(いつ帰国できるかは... 置いとくか)

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そういえばプールいきたいな...