日本のニュースを見てるとセンキョ的な感じですねぇ。
解散総選挙もさることながら、今出されている色んな法案はどうなるんですかね?
(いいのか?これで?)
ともかくである。
さしあたり、気がかりとなるのは、
私がどうやって投票するかである。
(そもそも、投票できるのか?)
この歴史的なお祭り騒ぎに、一口噛みたいじゃないですか、
せっかくなんで。
日本のメデアでは、2大政党制が云々みたいなことを言っているのを時おりみかける。
そもそも、日本に、2大政党制なんて、機能するんだろうか?
日本独自の2大政党制を模索するとかいうならば別ですが、
たとえば米英のようなシステムが日本で機能するとはあまり思えないです...。
現存の2大政党制というシステムは、
その背景にはゼロ・イチのバイナリー的な差異を必要としている。
たとえば、イギリスでは分かりやすい階級社会構造が2大政党制の背景にある。
アメリカの2大政党制の背景には、人種(や格差)という深い亀裂がある。
そのほかでは、ドイツの場合、ひと味違うが、思想というか、非常にベーシックなところで
「差異」を明確にしている。
要は、いわゆる2大政党という政治の意思決定システムが出来上がってる国には、
差別/区別に由来する非常にプリミティブな「差異」がその背景にある。
つまり、社会的な深い亀裂があるが故に、2大政党が存続しうる。
しかし、今の日本にそれだけ分かりやすい差異が存在するだろうか?
きっと、いまの感じだと、
なんとなく2大政党が政権を争うようになって、なにが違うか分かんないまま、
ただイメージで選挙の行方が左右され、勝ち負けのみがクローズ・アップされる、
そんな感じになってしまうだろう。
個人的には、2大政党制よりも多党制のほうが、日本には向いてるんじゃないだろうか
などとも思うのですが。
ま、いずれにしても、一回政権をかえて新しい空気を入れるというのは、
どの政党が政権を取るかにかかわらず必須かもしれない。
もし、政権政党が変わったとして、
アメリカでよく言う「ファースト100デイズ」で何をするかが、
新たな政権の今後を左右することになるだろう。
# オバマ政権だってこれにこだわって、必死でしたね。本当に。
ところで、2大政党制が機能するためには何が必要かなぞを考えてみると、わりと面白い。
(ぶっちぎりの現実逃避である)
アメリカの場合、二大政党制でありながら、
必要と思われることは、超党派的にわりと話がちゃんと進む。
(たとえば、金融システムへの公的支援とかね)
その背景には、超党派的なことをやっても、2大政党制が定着しているため、
「党」そのものがつぶれて、なくなるという心配がないからだろう。
ただ、そんな中にも打算というか、計算と言うのはある。
たとえば、スティミュラス・パッケージだって、
リパブリカンは減税をしようと言う。デモクラティックは公共事業をやろうと言う。
あえて、方針の違いを打ち出す。
それゆえに、一時は協力しても、選挙の時にどっちに投票するかは、
政策の違いで選んでもらおうという「分かりやすさ」を追求する計算がある。
# ひいてはどっちかの政策がこければ、相手を有利にさせてしまうので、
# なんとしても、うまく行かせようとする。
# (もしくは、失敗を認めない)
日本の状況を眺めていると、
違いを出そうとしてるのは分かるが、実際に目に見えるところでは、
反対のための反対して、結局どこを目指しているのかわからない。
(政権交代を目指してるんでしょうけどね)
実に切ない。
日本の現行の政治は、恐ろしく幼い。
そして、恐ろしく国民に信頼が薄い。
しかし、こうして色々考えて行くと、
日本の政治家の皆さんは何をやってるんだ?
と思うわけです。
彼らは「舌」で飯を食って行く職業なのに、国民を「説得する」ということを
あまりに疎かにし過ぎではないか?
(スキルがないのか、やる気がないのか)
(はたまた、やった気になってるのか)
いろんなものが切羽詰まっているこのご時世、
「民意」と呼ばれる、国民の好むことのみを追求していけるほどの余裕はない。
そうである以上、どうにかして国民を説き伏せて、押し進めることは避けて通れないことだろう。
# それとも、色んなモノひっくるめて解決するマジカル・ソリューションでも持ってるのか?
そして、説得するためには、
信頼、または(漠然とでも)希望や期待を国民に抱かせることが必要となる。
先日、どこかの雑誌で、アメリカの世論調査の結果が載っていた。
「今後自分もしくは家族の誰かが失職する心配はあるか」という問いに、
70% がYESと答えている。
一方で、「アメリカという国が良くなりつつあるか」と言う問いに、
YESと答えた人が60%強もいるのである。
(注: 数字まちがってたらごめんなさい)
つまり、この国の人々は、
現政府(おもに大統領)に対しての希望、期待、安心感を抱いているのである。
大統領が、国民を言葉(と行動)で「説得」した結果である。
一番目に見える説得方法は、当然ながら演説である。
この国の大統領の演説は分かりやすい。
(非常に良く練られているものが多いと思います)
そりゃ、分かりやすさが全てだとは言いません。
分かりやすさを追求することは、時として、ただのイメージのみのメッセージになりかねない。
メデアの伝える首相の言の切り抜きをみてると、
麻生さんの言ってることも割と分かりやすいと思います。
でも、説得しようと言う気概がないというか、覚悟が感じられないというか。
(どうでも良いことに関しては、メデアを鳴り響かせる素質がある)
国民というのは、分かりやすさと、希望を必要とします。
わがままだと思いますが、それはしょうがない。
なにしろ、民主制ですから。
でもね、政治家を選ぶのは国民です。
主権者たる国民は、選挙を通じて代議士を(税金使って)雇用する以上、
雇用主たる国民にも、相応の責任と覚悟が必要だと思う訳です。
では、我々が、いま一番問わなければならないのは何か。
経済対策もさることながら、今一歩踏み込んで、
福祉でしょ、と思います。個人的には。
現在、メデアを通じて垣間見える「民意」は、
ヨーロッパ型の福祉国家でありながら、アメリカ並みの低税負担を求めている
(ように見える)。
そりゃね、これが実現できれば一番ですけどね。
世界一の少子高齢国家になってしまった以上、
さすがに、ここら辺は、まじめに考えないとまずいと思う訳です。
まじで。
ちなみに、アメリカ的低税を追求するのならば、
アメリカが直面してる保険制度の問題をも受け入れるぐらいの覚悟が必要と思われ。
アメリカはナショナル・インシュランスがないので、
保険料バカ高いです。けっこうハンパないです。
(そして手続ちょー面倒 -- あまり関係ないですが)。
貧乏人は病院に行くな、っていうシステムです。
いやでしょ、そんなの。
あとは、年金。
ちなみに、私の友人の中にはサブプライムや不況のあおりをもろに受けて、
運用していた年金が半額以下になったというのもいる。
年金を自分の責任と裁量で運用すべし、という実にアメリカらしいシステムだが、
あまりフェアなシステムだとも思えない。
(この国は、そもそもあまりフェアでないですけどね)
年金も含めて、福祉というのは、
いうなれば、国の存亡にも関わるファクターだと思います。
国の威信にかけても立て直すべきことである。
将来に希望を抱けない国家は、
国民にその国にとどまる理由を失わせる。
また、国というシステムの存在意義の半分を失っていることに等しいとも思う。
ましで。
いやぁ、読み返してみると内容が飛びまくってる上に落ちがないっすね...
そして、ちょっと心がささくれ立ってるのが隠しきれてないし(涙)。
(忙しいのよ、本当に。)
(現実逃避が必要なのよ。)
選挙近いらしいんで、どうやって投票するか調べるか。
(そのまえに、仕事かたづけろって内なる声が...)