「ec ep.7」
結婚は、恋愛の延長にはないものだ。
或いは極稀に、恋愛の延長線上にある結婚も存在するけど、
それはきっと、目隠しでタイトロープを渡るようなものだ。
そして、目隠しでタイトロープを渡るには、
才能が必要だ。
つまり、タイトロープに一歩足を踏み入れた時点で、
その綱を渡りきれるかについては、
きっと初めから決まっているんだと思う。
平和な時に生まれ、戦争になってしまった人間と、
戦争のさなかに生まれた子供、
そして戦争が終わってから生まれた子供では、
絶対的な差がある。
許せないという想いは確かに存在する。
一度黒く塗られてしまった布を、
洗い流すには、並大抵の努力では叶わない。
洗いたくないと思う気持ちの方が妥当なのだと思う。
人は、愛にせよ、憎しみにせよ、
一方向の感情に身を任せるほうが楽だからだ。
始めは、ただ隣にいたいと願っただけだった。
自分の気持ちを伝え、相手が拒絶しなかった事に、
生まれてはじめての大きな喜びに震えた。
でも、いつしか僕は、
その人と毎日一緒に居たいと願ってしまった。
人生で1度しか使った事のない、
「愛している」を言葉にしてしまった。
恐ろしい事に、愛してるという感情が、
子供も居ない僕には理解できない感情であったのに対し、
憎悪という感情は、実に僕が幼い頃から、
その輪郭をはっきり触ることの出来るものだった。
愛だの、憎しみだのという感情は、
なんにせよ、自分を染め上げるつよい染料だと思う。
それは生きていくという長いスパンの中で、
余りにも一瞬で染まってしまうものだ。
人の不幸の内、もっとも悲惨な事は、
愛情や憎しみで、一夜にして人は塗り変わってしまうことだと思う。
-もっとも長い年月で徐々に塗り固められる事よりは、幾分マシな事だとは思うが-
日本語に良く似た意味合いの言葉を知ってる。
その言葉は「呪い」という。
そうして20代になったばかりの僕は、
いとも容易く燃え上がり、
唯一そこで自分の個性を褒められるのは、10年以上も炎を燃やした事だけだ。
僕の中の激しい気持ちの数々は、
「自然消滅」の時に根こそぎ消え去ったと思っていた。
もう、元の色なんか少しもわからない、
血の色なんだか、焼け跡なんだか判らないぼろぼろになった生地を、
僕は何の感慨もなくその辺に捨て置いた。
ただ、後悔だけは全くなかった。
僕が生まれる前に、神様が目の前にそっと置いたポリタンクに詰まったガソリンを、
僕は十数年かけて、燃やし尽くしたのだと思った。
僕にはもう何も残っていないと思っていた。
でも、そうではなかった。
詰まるところ、人は無責任に、
ガソリンがなければ、ウォッカでも、100円ライターの燃料でも、
ある一定以上の温度があれば、火を灯せるのだ。
意思の力が僅かでも残っていれば、自分自身を火種に、人はどこまでも火を灯す
のだ。
火を灯す理由には、色々なものがあるんだと思う、
寂しさや、打算、自棄など、燃え易い火もある。
でも、4年もの時間を掛けて、
ごく自然に灯っていた、この淡い炎を、僕はなにより愛しいと思った。
僕はあの子にとても淡い気持ちで接しているのだと。
それは、かつて、
赤や黒で埋まってしまった、僕という人間にかろうじて残されていた空白部分が、
とても仄かに薄桃色に染まって居たということだ。
僕が薄汚れた生地の中に、
胸を張って誇れる部分だった。
それは土手で寝転びながら、
心地よい風の向こうに、あと数日で満開になる桜を見上げるような心地だった。
旅行のパンフレットにあるような、
どぎつい夏の原色でもなく、
触れれば怪我をするような冬の冷たさもなく、
長袖の中に、ほんの微かに熱が残るけど、風巻く光が、
些細な不快感を全て洗い流していく感触を思い出す。
それはそんな場所だった。
きっと、僕を構成していた、
赤や黒の醜さが、奇跡的に生み出した景色だったのだと思う。
僕は素直に嬉しかった。
ただ、あの子を好きだと思える自分の感覚が、
なにより嬉しかった。
この奇跡みたいな感覚がずっと続けばいいと思った。
でも、それは叶わない願いだ。
なんにせよ、あの子の結婚は決まっていた。
なんにせよ、あの子が僕を受け入れる可能性は限りなくゼロだった。
昔の不倫相手に言われた事がある、
「永遠という言葉が嫌いだ。」
僕はムキになって抗弁した。
「永遠にしたいと思う気持ちが永遠の始まりだ。
永遠はないかもしれないけど、あっても良いと思う。」
彼女は哀しそうに笑うだけだった。
恐らく、僕よりも遥かに深く、
人という社会の弊害に触れてきたあの人は、
きっと僕よりも、人の業と残酷さに触れてきたのだと思う。
目の前に拳銃を突きつけられる恐怖に打ち勝つより、
長い年月自分に落ち続ける冷たい水滴に抗う方が、遥かに困難だ。
生きている間に戦争が始まった子供に、
敵対国にもいい人はいるよ!と叫んだところで、
お互いの溝を深めるだけだった。
誰かを救うには、
人の一生を掛けるだけの覚悟と根気、そして運が必要だ。
つまるところ、
10年ほど前の僕にはそんなもの、空想する事しかできなかった。
どんなに思い描いても、人は空を飛べない。
10年ほど前の僕は、空を飛べると信じ、そして墜落した。
ごくあっさりと。
僕とその子は、
世間一般の誰彼と同じく、
ある程度の傷を持っていた。
でも、その傷が”他人と比べて”深いか浅いかでなく、
もう傷が自分の一部であると認識している事で一致していた。
またもや前後の脈絡を覚えていないけど、
僕が、
「なんらかの問題を抱えている親の子供は、
なんにせよその問題から逃れられなくて、
正面から向き合うか、逃げるかしかないんだよね。」
そう独り言を言った時、
僕はしまったと思った。
この手の話は人を選ぶ事を忘れて、思わず喋ってしまった後、
浮かぶであろう、困惑の表情か、安易な否定を予想したけれど、
その子は真面目な顔で、
「うん、そうだね。」
そう答えた。
悩んでるわけでも、理解出来なかったわけでもない。
ただ、在るがままを受け入れたその言葉にはある重さがあった。
行く宛てもなく入った居酒屋で、烏龍茶と梨ジュースを飲みながら、
その更に奥に、既にその事実を認めた上で、
ぽっかりと口を開けた、その子の空洞に触れた気がした。
僕はどうにかして、
彼女が埋める事を諦めてしまった、その大きな空洞を埋めたいと思った。
それは、人生の中でも禁忌の行為なのかも知れない。
それは、人生の中でも最もありきたりな感情なのかもしれない。
そして、一羽の鴉が舞い降りる。
三本足の鴉が舞い降りる。
「何時だって始まりは、そうじゃないのかい?」
僕は笑いながら答える。
「或いは、そうかもしれないね。」
そう、この時、僕は笑っていた。
確かに笑っていたのだ。
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(さて、どうしよう…)
結婚は、恋愛の延長にはないものだ。
或いは極稀に、恋愛の延長線上にある結婚も存在するけど、
それはきっと、目隠しでタイトロープを渡るようなものだ。
そして、目隠しでタイトロープを渡るには、
才能が必要だ。
つまり、タイトロープに一歩足を踏み入れた時点で、
その綱を渡りきれるかについては、
きっと初めから決まっているんだと思う。
平和な時に生まれ、戦争になってしまった人間と、
戦争のさなかに生まれた子供、
そして戦争が終わってから生まれた子供では、
絶対的な差がある。
許せないという想いは確かに存在する。
一度黒く塗られてしまった布を、
洗い流すには、並大抵の努力では叶わない。
洗いたくないと思う気持ちの方が妥当なのだと思う。
人は、愛にせよ、憎しみにせよ、
一方向の感情に身を任せるほうが楽だからだ。
始めは、ただ隣にいたいと願っただけだった。
自分の気持ちを伝え、相手が拒絶しなかった事に、
生まれてはじめての大きな喜びに震えた。
でも、いつしか僕は、
その人と毎日一緒に居たいと願ってしまった。
人生で1度しか使った事のない、
「愛している」を言葉にしてしまった。
恐ろしい事に、愛してるという感情が、
子供も居ない僕には理解できない感情であったのに対し、
憎悪という感情は、実に僕が幼い頃から、
その輪郭をはっきり触ることの出来るものだった。
愛だの、憎しみだのという感情は、
なんにせよ、自分を染め上げるつよい染料だと思う。
それは生きていくという長いスパンの中で、
余りにも一瞬で染まってしまうものだ。
人の不幸の内、もっとも悲惨な事は、
愛情や憎しみで、一夜にして人は塗り変わってしまうことだと思う。
-もっとも長い年月で徐々に塗り固められる事よりは、幾分マシな事だとは思うが-
日本語に良く似た意味合いの言葉を知ってる。
その言葉は「呪い」という。
そうして20代になったばかりの僕は、
いとも容易く燃え上がり、
唯一そこで自分の個性を褒められるのは、10年以上も炎を燃やした事だけだ。
僕の中の激しい気持ちの数々は、
「自然消滅」の時に根こそぎ消え去ったと思っていた。
もう、元の色なんか少しもわからない、
血の色なんだか、焼け跡なんだか判らないぼろぼろになった生地を、
僕は何の感慨もなくその辺に捨て置いた。
ただ、後悔だけは全くなかった。
僕が生まれる前に、神様が目の前にそっと置いたポリタンクに詰まったガソリンを、
僕は十数年かけて、燃やし尽くしたのだと思った。
僕にはもう何も残っていないと思っていた。
でも、そうではなかった。
詰まるところ、人は無責任に、
ガソリンがなければ、ウォッカでも、100円ライターの燃料でも、
ある一定以上の温度があれば、火を灯せるのだ。
意思の力が僅かでも残っていれば、自分自身を火種に、人はどこまでも火を灯す
のだ。
火を灯す理由には、色々なものがあるんだと思う、
寂しさや、打算、自棄など、燃え易い火もある。
でも、4年もの時間を掛けて、
ごく自然に灯っていた、この淡い炎を、僕はなにより愛しいと思った。
僕はあの子にとても淡い気持ちで接しているのだと。
それは、かつて、
赤や黒で埋まってしまった、僕という人間にかろうじて残されていた空白部分が、
とても仄かに薄桃色に染まって居たということだ。
僕が薄汚れた生地の中に、
胸を張って誇れる部分だった。
それは土手で寝転びながら、
心地よい風の向こうに、あと数日で満開になる桜を見上げるような心地だった。
旅行のパンフレットにあるような、
どぎつい夏の原色でもなく、
触れれば怪我をするような冬の冷たさもなく、
長袖の中に、ほんの微かに熱が残るけど、風巻く光が、
些細な不快感を全て洗い流していく感触を思い出す。
それはそんな場所だった。
きっと、僕を構成していた、
赤や黒の醜さが、奇跡的に生み出した景色だったのだと思う。
僕は素直に嬉しかった。
ただ、あの子を好きだと思える自分の感覚が、
なにより嬉しかった。
この奇跡みたいな感覚がずっと続けばいいと思った。
でも、それは叶わない願いだ。
なんにせよ、あの子の結婚は決まっていた。
なんにせよ、あの子が僕を受け入れる可能性は限りなくゼロだった。
昔の不倫相手に言われた事がある、
「永遠という言葉が嫌いだ。」
僕はムキになって抗弁した。
「永遠にしたいと思う気持ちが永遠の始まりだ。
永遠はないかもしれないけど、あっても良いと思う。」
彼女は哀しそうに笑うだけだった。
恐らく、僕よりも遥かに深く、
人という社会の弊害に触れてきたあの人は、
きっと僕よりも、人の業と残酷さに触れてきたのだと思う。
目の前に拳銃を突きつけられる恐怖に打ち勝つより、
長い年月自分に落ち続ける冷たい水滴に抗う方が、遥かに困難だ。
生きている間に戦争が始まった子供に、
敵対国にもいい人はいるよ!と叫んだところで、
お互いの溝を深めるだけだった。
誰かを救うには、
人の一生を掛けるだけの覚悟と根気、そして運が必要だ。
つまるところ、
10年ほど前の僕にはそんなもの、空想する事しかできなかった。
どんなに思い描いても、人は空を飛べない。
10年ほど前の僕は、空を飛べると信じ、そして墜落した。
ごくあっさりと。
僕とその子は、
世間一般の誰彼と同じく、
ある程度の傷を持っていた。
でも、その傷が”他人と比べて”深いか浅いかでなく、
もう傷が自分の一部であると認識している事で一致していた。
またもや前後の脈絡を覚えていないけど、
僕が、
「なんらかの問題を抱えている親の子供は、
なんにせよその問題から逃れられなくて、
正面から向き合うか、逃げるかしかないんだよね。」
そう独り言を言った時、
僕はしまったと思った。
この手の話は人を選ぶ事を忘れて、思わず喋ってしまった後、
浮かぶであろう、困惑の表情か、安易な否定を予想したけれど、
その子は真面目な顔で、
「うん、そうだね。」
そう答えた。
悩んでるわけでも、理解出来なかったわけでもない。
ただ、在るがままを受け入れたその言葉にはある重さがあった。
行く宛てもなく入った居酒屋で、烏龍茶と梨ジュースを飲みながら、
その更に奥に、既にその事実を認めた上で、
ぽっかりと口を開けた、その子の空洞に触れた気がした。
僕はどうにかして、
彼女が埋める事を諦めてしまった、その大きな空洞を埋めたいと思った。
それは、人生の中でも禁忌の行為なのかも知れない。
それは、人生の中でも最もありきたりな感情なのかもしれない。
そして、一羽の鴉が舞い降りる。
三本足の鴉が舞い降りる。
「何時だって始まりは、そうじゃないのかい?」
僕は笑いながら答える。
「或いは、そうかもしれないね。」
そう、この時、僕は笑っていた。
確かに笑っていたのだ。
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(さて、どうしよう…)

