生活の中で、独りで居ることに対して、

苦痛を感じなくなったのは、どれくらい前からなんだろう。


だから僕はせめて、

小説や映画の中で、無人島に漂着した登場人物が、

毎日、木や岩に生存の日数を、漂着する時にかろうじて持ち出したナイフで、

がりがりと、刻みつけるように、自分の事を書いてみようと思った。


ほんの一昔前まで、僕はおそらく寂しがり屋だったわけだし、

簡単に言えば、独りでファーストフードに立ち入ることもなかったし、

映画館にも独りで行かなかった。

まあ、今もって映画館に独りきりで入ったことはないのだけど。


僕は常に誰かを求めていたし、

その結果として、僕の中心には恋愛が在り続けた。

僕にとって不運だったのは、

結局のところ、誰かを求めるために恋愛を選んだのであって、

結果として恋愛が付いてきたわけではなかったことだ。


僕は恋愛の後ろ姿を追いかけ、

ついに恋愛を追い越すことができなかった。


そうやって、長らく僕の理科室に置いてある骨格標本みたいなものが、

綺麗に消え失せて、

骨に支えられることのなくなった内臓は、その辺の床に四散することとなる。


僕は極めて凡庸なタイプの人間なのだけれど、

骨格標本を失うことで、逆に獲得した空白を眺めているうちに、

その空白の見せ方をガラリと変えることで、

ある特定の異性に対しては、

非常に効果的であることを発見するのだけれど、


それが、本来恋愛と呼ばれるものが発揮するはずだった効果を、

どんどん食いつぶすものだと知ったのは、

恋愛が在るべき場所にあった何かを、すっかり平らげてしまった後だった。

当然喪失感は無い。


喪失感は、既にあったものが失われるから感じるものであって、

初めから食べたことのないチーズケーキを、

一体どうやって味わうことができるというのだろう。


ともかくこうやって僕は独りに、完全に馴染んだ。


こうやって僕は、友人に語りかける代わりに、

文字を紡ぐことを覚えた。


その昔、絵を描いていた頃、

僕はひたすらに絵が好きだった。

小さい頃の僕は、僕が描く絵を、誰かに褒めてもらうことがとても好きだった。


できることなら絵を描いて生きていきたいと願ったのだけれど、

僕が頭に描くものと、僕の指先から産まれたものの間に、

段々、齟齬を感じるようになり。

人生の中で、数少ない進路を決めるその時期には、

その齟齬が、どうにもならないくらい広がっていった。


それは僕にとって、

気に入った女の子が居たバイト先、

仕事もそつなくこなし、店長からの信頼も厚いと思っていたバイト先から、

「明日からもうこなくていい」と言われるようなものだった。


高校生にとって、バイト先と学校が全てであるかもしれないけど、

世界はそれだけではないと知るには、

大学生と社会人3年目くらいまでの時間が必要だったわけで、

あの時期の自分は、とにもかくにも、自分をぶつける何かを探していた。


だから、30も半ばになっても、

僕は何かを探し続けている。

それは、世界を救うために、悪竜を打ち倒すことのできる、

世界に1本の剣を探すようなものではなくて、

1週のうち、10食ラーメンを食べたら、自分は何を感じるのだろうとか、

子供の頃作れなかった模型を、

大人になった感性と技術で作ったらどんなことができるんだろうとか、

パチンコやスロットで、ありえないような確立を引いて戦慄したいとか、


ほんとうにくだらないことを探し続けている。


在る局面局面で、自分が何をどう感じたのか知りたいだけなのだ。


その記録として、文字を綴っている時、

僕ではない僕は、時として頭の中に描いたものとは、

全く違うものを僕に見せてくれる。


そんな時は、

微かに昨日越えられなかった自分自身を、ほんの少しだけ更新できた気になって、

自分が好きになる。

きっとそれと同じだけ誰かを好きになれたのなら、

世界はもう一回だけ、姿を替えるのかもしれない。


僕はそんな日が来るわけないとも、来て欲しくないとも思うのだけど、

きっと世界は僕の思惑とは関係なく動いているんだろう。

生きていくと言うことは、
満員電車の中で、
各々手に持ったゴブレットやカクテルグラスに、
各々好きな量を入れた液体をこぼさずに、
各々目的地まで電車を乗り切れるか、
という事なのかもしれない。

どんなグラスに入れるのも、
どれだけの量を入れても構わないけど、
零してはいけないと言うルールで。

もちろんそんなルールに意味なんてないのだけど、
何故だか皆、殆どの人はそのルールに縛られてる。
でもきっと、自分の手に在った液体を、
他人に向けてぶちまけたり、
貴重な何かを損なってしまうと、
残りの人生に重大な瑕疵が付くのかもしれない。


目的地に着いた後には、
邪魔になってその液体を排水溝に流すだけなのに。
あの人は私より、入ってる液体の量が少ないからずるいとか、
グラスが高価そうだとか、
自分の選択を棚上げして文句を言う。


別に、”昔は”
もっと人のグラスからこぼれない様に気を使っていた、とか、
もししぶきがはねたら、誰かのシミをふき取ってあげていた、とか、
そんな事を言うつもりは無い。

今も昔も、
電車に乗っている人の性質に違いなんてあるわけじゃないと思う。
ただ単に、電車に乗っている人の数が増えて、
人のことよりも、まず自分の器を、
気にしなくてはならなくなっただけなんだと思う。

きっと、もう少し自分に余裕があるのなら、
きっと、もう少し人は、誰かに優しくするんじゃないかと思う。

それでも、もし自分の器が何らかの拍子で割れてしまったら、
きっと、その人は立ち直れないか、
他の誰かの器を割るんだと思う。

だって、周りにいる人の人数は増えているんだから、

きっと相対的に、自分が世界一不幸だと思わないと、生きていけないから。

そうしたら、自分より不幸な人間を見つけないと生きていけないから。


でも、やっぱり満員電車に余裕なんてなくて、
ベッドの隙間に落ちたねじを拾うみたいに、
届きそうで届かないところに、世界はあるんだと思う。

よく、ニュースを見て、
最近悲惨な事件が増えた。
なんて言う人がいるけど、僕はその意見には反対で、
多分、昔から人は残虐な方法で人を殺してきたし、
親を兄弟を殺すことなんて、昨日今日の始まった事じゃない。
今も昔も、本当に悲惨な事は報道されないし、
ただ単に、テレビやネットで、
痛みを感じることの出来ない媒体での、
妄想が広まっているだけだと思う。

結局の所、人は他人の痛みを感じることはできない。
想像するしかないのだけど、
想像と現実に、偽善的な要素や、思い込みが入り込んで、
ずれてしまった認識は、悲劇をより大きくするだけ何だと思う。

朝鮮に秀吉が出兵したのは、
既に国内に、臣下の者に分け与える土地がなくなったから。

だから、今のこの世の中も、
きっと未だ誰の物にもなっていない余裕というか、余地が、
どんどん無くなってきているだけなんだと思う。

海中のプランクトンの密度が上がって赤潮が起きるのなら、
きっと今の世の中は、もう真っ赤っかなんじゃないだろうか。

夕陽を見ながら、僕が考えていたことはそんな事。


星を見上げるしかなかった時代から、
人はどう変わって、変わらなかったんだろう。

何が出来るようになって、何が出来なくなったんだろう。


きっと答えがないから、

人は、僕は、貴方は生きていけるんだと思う。

考えてみると、壮絶な一週間だった。


月曜日、

会社そばのお気に入りのパスタ屋にいき、

いつもの大盛り岩海苔カルボナーラを注文。


ほどよくしてから、ベーコンが切れてるけどいいか?

と、聞かれ、代わりに何か入れてくれとか言ったら、

シーフードが入ってた。


がっでむ


俺は、シーフードパスタが、

ベッドで異臭を放つ女の次に嫌いだ。


夕飯に、とんかつ食いたくなったけど、

目の前で締められて、

小川町のラーメン食いに行ったのはお伝えした通り。


少し冷静になった火曜日は、

何をやってもうまくいかない日だった。


水曜日に、リベンジとばかりに、

会社そばのパスタ屋を再襲撃、

ついに大盛り岩海苔カルボをしとめるも、

今日のゆであがりっつか、クリーム具合は最悪。


夜には、ラウンドベレットの似合うおねいさんと、

会社そばのつけ麺やに。

濃い濃いとは聞いていたけど、

もはや固形に近い、魚粉らーめんは、

二度とごめんこうむりたい。


木曜日は、極度の頭痛で会社を休み、

家の下にあるイタリアンでまたも昼パスタ。


いつもは美味しい細パスなのに、

今日はオリーブとホタテでできた冷静パスタは、

イマイチどころの騒ぎじゃない。


金曜日は、腹の調子がゆるゆるで、

仕方ないと、会社そばのうどん屋で、

冷やしキツネうどんに、ちくわとイカ乗せ。

毎度わさびとねぎはいらねーのに、フィリピン人は、

日本語通じねえ。


夜は、死兆星が8つくらいみえてげなおじい様と、

駒込まで遠征してつけ麺。

焼きの入ったつけ麺は普通だが、

マンゴーの味がしたクンタマと、食後のライスボールは絶品だった。


5日のうちに、麺が7食。

日に2食の俺だから、7/10が麺、麺、麺。


ここに至りようやくラーメン熱が冷める。


金曜の店でチラシを見つけて、

来週は肉ラーメンとか思ったのは秘密だ。



結局今週、

良いことと言えば、


おじい様が、

ちょっと遠い目をしながら、

「おまえと食う飯は楽しいよ」


ジョウタツヤもびっくりなジェットストリームボイスで、

俺を悩殺したことくらい。


きっと今週は、

カレーか珈琲に俺はとらわれる予感がする。



巻き添えを食いた方は、ぜひ挙手願い。

自分の持っている洋服でいちばん安いのは? ブログネタ:自分の持っている洋服でいちばん安いのは? 参加


開始2日目で既に、飽きが回り始めの自分オソロシス。



洋服ねえ…、

したい格好や欲しい服は数あれど…、


20kgも太っちゃうとねえ…なかなかねえ…


つか80kg代って一番微妙じゃないだろうか、

そこから太っちゃえば、それ用なファッション(という名の処理)もあるだろうし、


標準体型なら、

まあ、それこそねえ…。


若いころはBOY LONDONをスマートに着れる様になりたかった、

いあ、まあ今でもあんのか判んないけど、

パンクになるまえのBOYね。

(ってググったら、まだあるんだなあ、今見ても好きだなあ…)


いずれにせよ、足が短いから夢は夢で終わった。



アルマーニのスーツとか日本人向けじゃないし、

ブラックレーベルも、着れる筋合いじゃないし…、

あーでも、ニコルのニットとか、

ニットといえば、やっぱミッソーニだろとか、

でも年齢的にそろそろパパスとか…いやまだ早いし高い…、


…なんかもう着れないトークで、書いてて哀しくなってきた…。



結局その時のウエストに合わせた濃い目のジーンズで、

上は、GAPとかの薄手の白いシャツで済ます俺、

足元はサンダル。


嗚呼、太っても着れるものは最高。





さて、手持ちで一番安い洋服でしたっけ?


マザコンの毛は

(どんな毛だよ)

ほとんど無いと思われるのですがね、


うちの母親は手芸っつか、趣味全般やらせたら、

マジで恐るべき才能の持ち主でありまして、、

とっとと、あの人でなしなオヤジと別れて手芸屋でもすれば、

人生せいせいするだろうになあ…

とか、まあ、ドールや小物の製作から始まって、

刺繍、編み物、洋裁、和裁、

なんでもござれな人なんわけで、


小さいころから、毎年1枚セーターを編んでもらうのが、

昔の俺の一年に一度のおシャレだったわけで、


なんのかんのと、

毛糸が太すぎるだの、色合いがもうちょっととか、

程よく文句は言ったものの、

毎年楽しみにしてて、何年もずっと同じの着てたりしましたね。


今も、何枚かは着やしないのに、

タンスにしまってあったりするのは恥ずかしい事実です。

(単に洋服整理してないだけ)


お気に入りのを、ひっかけて毛糸がほつれたりすると、

もう涙こぼさんばかりに哀しくてね~、


ちょっとかしてごらんなさい、

とか言って、ほつれをちょいちょいと直す母親を、

幼き頃、ほんとにすげーって思いました。


ま、俺がこちょこちょと模型やらなんやら作ったり工作好きなのは、

母の血なんでしょうな。


あ、でも、うちの母親、センスは最悪なんで、

常に、出来合いの何かをモデルに作ってもらってました。




しかしま、服で一番安い…、


そういえば、ひと冬の間だけ、

それをつけるときは、絶対に汚れないように、

ほんっとうに気を使いながらこの世の春とばかり(冬だけど)、

首に巻いてたマフラーがありましたねえ…。


もう、いろんな意味で、そのマフラーの入った袋すら、

目に入らないようにしてますけど。


ま、詳細は、うちの読者様ならご存知ですな。




母親がいなくならないうちに、

孝行しないとなあ。


ま、口ばっかりの息子ですけどね。

お風呂、何分入る? ブログネタ:お風呂、何分入る? 参加中

あ、どもども、Hydeです。
なんかもう仕事帰り、
あまりの孤独感に、(別に寂しくはない)

ふらりとビデオ屋に入り、(エロ専門なのは秘密)

























みひろの引退を知る。






もう死ぬしかないのかもしれない。










その悲しみを乗り越えるために、
ついに、
毛孔まで見えすぎちゃって逆に興ざめと、
山形あたりの国会で全廃の討論されちゃってる、

Blu-rayのエロビデオに手をつける。

なんとなく手に取った”月野りさ”が、会社の後輩にちょっと雰囲気似てるからとか、
誰かにばれたら、恥ずかしくて、

その恥ずかしさに更に燃え上がりながら、(萌えではない、要注意)

さらなる高みに上り詰める妄想…。

嗚呼、妄想こそ人類、つか、俺に残された最後の希望。
さんくちゅあり。








や、そういう話じゃなくですね。(キリッ)

久しぶりにpcでブログ見てたら、ブログネタの存在を思い出しましてね?

んで、考えてみりゃあ、実は俺関脇なんすよ?






昨日までのラーメンモードに打って変って、


自転車ほっしいいいいいいいいいいいいいいいいいい!


と、俺の小宇宙【コカン】が奮うわけですよ、
いや、最近硬さがないんですけどね?


だから、しばらくネタに困ったら、ブログネタでお茶濁そう!と心に決めた俺、

きっと月末までには違う、倒錯した遊びに没頭すること請け合いなのですが、

まあ、お付き合いください。


過去頑張ってた時代の遺品は、
このあたりに散在 してるので、暇つぶしにどうぞ。



んで、なんですか?
風呂にどんだけ入ってるかって話?

Hydeの傾向は単純です。

人生煮詰まってると、風呂の時間が長くなります。

他に楽しいこと満載だと、風呂の時間が短くなります。

夏場に、朝ぶろ入る事を覚えてからは、
会社に遅刻することが減りました。


熱心な読者さまなら(もはや死滅したのは明らか)、
俺が、如何に暇な時間、することが無い時間が嫌いか御存じでしょうが、

その制限が外れるのが、風呂!

その制限が極限まで発揮されるのが、トイレ!


だから、風呂にながーーーーく浸かってるときは、
大分いろいろな事考えますね。

今日は、買ってきたBlu-Rayを【実際には開封せず】
どんだけ凄い綺麗画像で、カワイイ娘が、いんぐりもんぐりされるかを想像するだけで、

どんぶりでかるく50杯はおかわりできるよ、
じゃあやってみてとたっておまえは言うけど、
それはあくまでもたとえのはなしでありまして、
やれといわれれば、おいどんも男なわけで、富良野は寒いわけで、
おまえが好きなわけで…、



つかRadwimpsはやっぱいいよね!!!!!!!!!!




わりと人生が最近横道にそれてるんで、許してください。


大学時代、卒論書くときは、
マジで風呂こもりましたね。

3日くらい、

風呂桶に蓋をして、
隙間をちょっとだけ開けて、
俺様の、白豚のような裸身をするりとそこに滑り込ませ、

蓋の上に参考書並べて、

半日は浸かる、
日に3回は入る、

はい、もう1日越えてますね。


まあ、最大の欠点は、
いろんなこと思いついても、

メモを取れないことと、

頭洗って、風呂上りにバスタオルの匂いなんかに包まれてると、

あらかたのことをきれいさっぱり忘れ去ってるって事くらいですかね。


ま、最長記録は6時間くらいっすかね。

きっとあのとき永く入りすぎたせいで、
今でも股間の皮がふやけてびろびろ~んとしてるんですね。



えっと、

長さはこんな感じで★いっぱいくれるんでしたっけ?


しばらくこんな駄文前回なHydeにお付き合いください。

いや、お情けでもいいから、コメントしてってください。

むしろ弄ってください。



あとは判るな?

あ、ども、めっきり暇になってきましたHydeです。


どこぞのおじいさんから、

”らーめん食いに行こう”なんてお誘いきたもんだから、


寝ても覚めてもらーめんで思考が埋め尽くされる。


相変わらず、

頭の中にひとつが入ると、それしか見えなくなるのが、

HydeISM。


おじいさんに、

金曜まで待てないから、今日行こう!

と、定時速攻で会社でるも、


今日は寄り合いのゲートボールがあるから駄目とか、


ゲートに局部挟んで悶絶しちゃえばいいのに…



片っぱしから知り合いに、

ラーメン食いたいと電話かけるも、


ことごとく繋がらねえ。


悔し紛れにガメラを打ってたら、

ボーナスの波が押し寄せるころに着信アリ。


おせえ。


らーめんを払拭するために、

お気に入りのとんかつ屋に行けば、目の前で暖簾がしまわれるとか。



ついてない。


もうなんだかともかく最近ついてない。


仕方なく、秋葉原から小川町まで徒歩で、ラーメン屋に、




すごい並んでる…

しかも後ろにいるおっさんがカレー臭すごい…


飯食いにいくのに、カレー臭…



涙ながらに、散歩を続行、


小川町から神保町経由で九段下。



帰り道に買った週刊アスキーを見てたら、

会社のそばにラーメン屋がオープンしたことを知る。



これで、明日もらーめん、

金曜もらーめん。


素敵だ、素敵すぎる。

僕はその日、
ガラス一枚隔てた向こうの、蒼天を見つめながら、
”昼下がり”が”夕闇”に、そして”夜らしい夜”
に移り変わって往くのを体感する事になる。


それは、緋を経由して、蒼が、
闇に変わっていくだけの事なのに、
流れていく景色の中で、色んなことを考えていたのは、

僕が、実に30年ぶりくらいに、
一人で田舎に向かったからかもしれない。


それでも都会の空が薄まった青なのに、この風景が蒼に見えたその事には、
明確な理由があるのだと思う。


小さい頃は、千葉の房総にある、
母方の実家に長期の休みになる度、両親と一緒に帰省
(当然当時の僕はそんな言葉を知らないけど)していた。

それが、小学校の2年生だか、3年生の頃、
もう経緯は覚えてはいないけれど、
僕は独りで、田舎に行くことを決意した。


それは、母親にホームで見送られて、
着いた先では祖母に迎えられるだけの通過儀礼で、
ただ2時間と少しを、”独りで電車に乗っていただけ”に過ぎないのだけど。
当時の僕にとってそれは、間違いなく冒険だった。

目的地は同じだったけど、それは逃避であったり、癒しであったり、

娯楽であったり、挨拶であったり、義務だったりしたのだけど、

考えてみれば、それ以来、

田舎に行く時は誰かと一緒だった。


そう、僕は、千葉の最南端である千倉に向けて、
もう一度、独りで向かっていた。


恐らく、僕は横に流れる景色そのものが、
余り好きではないのかもしれない。
きっとガラス一枚向こうでは、映画を凌ぐ、
様々なドラマが展開されているはずなのだけど、
ほんの数秒しか映らないその情景が、
延々と、テレビのザッピングがを、僕の意志に反して、繰り返されているようで、
断片化された情報に段々気分が悪くなってくるからだ。


それに比べたら、空の色は、
トンネルに入ったその間を除けば、
物語性を含んだ展開を僕に見せてくれる。

昼の次に朝がくるような奇抜さはないのだけど、
ほんの少しだけ、手元の小説を見ているだけで、
がらっと替わる空の色が、ああ見逃した、
と僅かな後悔を生むくらいに、独りの僕を慰めてくれた。


そして、空の色と一緒に、
土日しか知らない、高速道路の様子が、
平日であると、驚くほど交通量が少ないことを知る。
夏場に訪れた、スキー場みたいに、
なんだか、幾分その様子はのん気に映ったわけで、
誰も訪れる事のない休日の領事館に、
ひらひら翻る国旗みたいに、僕の前に映る景色は、
無責任で、どこか牧歌的だった。



僕は、死んだ叔父の告別式に出るために、
田舎に向かっていた。




僕が最初に死と向き合ったのは、
親しいのか、親しくないのか、
それすら全く判らない中学の同級生の事故だった。


彼は、家の中で大事に、それは大事に育てられ、
名前も知らないような親王の直系だとかで、
家を継ぐことに両親は大いに期待をしていたらしい。


アトピーの所為で、いつも廻りに自分の表皮を無遠慮に撒き散らす仕草を日課とし、
その事に対して、(他の人がそうするようには)
なんの後ろめたさも表には出さず、
僕が何度、注意しても、僕の座席の後ろから足を放り出し、
僕の学ランに足痕をつける人間だった。


当然の様に、彼はクラス中から苛められていたし、
その事で、彼が傷ついてる様に見えたことも一度も無かった。

それなのに、何故か、
僕の仲のいい人間の周りに彼はいつも居たし、
部活動も気がつけば一緒になっていたし、
結果から言ってしまえば、彼の棺を担ぐことになる8人にも、
僕は含まれることになったのだけど、

親しかったかどうかという疑問を除けば、
間違いなく僕は彼が嫌いだった。

どう好意的に考えても、彼を好きになる要素を、
僕はとうとう最後まで見つけることはできなかったし、
見つける前に、彼は高速道路で運転する自動車を降り、
大きなトラックに跳ね飛ばされた。


恐らく、彼が苛められていたのと同じくらいの必然で。


数時間の後に、その事実を知り、
彼の実家に、両親と共に車で向かう高速道路の途中で、
僕は見たこともなかった、”死”というものの腕を感じた。
多分、感じた気になった。


別に好きでもない、その存在が、
二度と手に触れられない存在になったということに対して、
僕は、途方も無い恐怖に取り憑かれ、泣いた。


喪われた彼の存在に泣いたのではなく、
ぽっかりと空いてしまった、その何もない空間そのものに、
僕は恐怖したのだと思う。
まあ、僕の涙が、廻りにどう映ったかについては、
全然別の事だったにせよ。


だから、それ以降、
死というものに触れる事は、過去何度かあったのだけれど、
”もうその人に会えない”という感覚には折り合いが付き始めていて、


哀しさと涙の量が比例しなくなってしまった僕は、
なんだか、中学の同級生に対してだけ”贔屓”をした様で、
僕の周りから喪われた人々に、少しだけ申し訳ない気持ちになる。


変わって往く僕と、つかみ所のない社会の流れが、
日常の中にいてさえ、その流れの激しさに時々めまいを覚えるのだけど、

高速バスを降り、
久しぶりに訪れた、母の生家はひっそりとしていて、
町全体が、本当に何もかもから取り残されたみたいだった。

変わった事と言えば、
近所の人々に刻まれた皺の本数と深さくらいなもので、

僕の目には、老朽化は進んでいるものの、
漠然と子供の頃から思い描く、この町の姿と、
今僕の目の前にある町の姿には、絶望的な違いなんて、
どこにも見つけることはできなかった。

道路を挟んで向かいにあった家が更地になって、
駐車場になっていたけれど、
その事で、町を覆っていた緩やかな滅損の霧が晴れるはずもなく、
変わらず保存されているこの町は、
結婚式を明日に控えた新婦の様に、
安心と不安を同時に投げかけてくる。


だからこそ、大きくなりすぎてしまった僕は、
この”片田舎の海”と名づけられたジグソーに、
-昔は自分もその一片にはまり込むこの出来た-
全くそぐわなくなってしまった事を理解する。
”飲みかけの缶ビール”という、
新しいジグソーの一片に成りさがった自分が、
なんだかとても哀しかった。


周りには竹林がまっすぐ天に向かって伸びているのに、

そうすることのできない、自分の歪みを、

この土地に来ることで再認識した。

時がさかしまに流れないのが節理だったとしても、

自分という結果に、胸がざわめいた。



幾ら悼もうと、何かをしようとも、語りかけようと、
死は”死”でしかない。

そこに様式や手順、
意味といったものが複雑に噛み合っていたとしても、
天に昇る途中、思い出したように皆の前に、
「そういえば、ひとつ忘れていた。」なんて、
亡くなった人間が訓戒を垂れに戻ったり、
棺に入れ忘れたものを要求するわけで無し、


終わってしまったことに対して、
何をどう思おうと、結果としては自己満足でしかない。

死者を悼む気持ちは内面にこそ宿るもので、
自分がその時どう扱われるか、と言う不安を除けば、
生きている人間が、死んでしまった人にできることなんて、
実際には殆どない。
死んだ人が生きている人にできることが驚くほど多いのとは、
反対の理由でだ。


大恋愛の末、引き裂かれた二人が、
”あなたを忘れない”と誓ったその約束が
年々その輪郭を風化させていく事と、
誰かを亡くすというのは、致命的には違うのだけれど、
大体においては殆ど一致している。


死んだ人は死んだ歳から歳を取らず、自分は齢を重ねるのは、
感傷ではなく、事実なのだから。


いずれにせよ、叔父は亡くなった。
最後に触れた頬の冷たさと、優しい笑顔の思い出を残して。


過程が結果とイコールではないと知りながらも、

人のよさそうな笑顔というのは、今の世の中に残された、

最後の希望なんじゃないかという気がしてくる。

それは祈りに似た儚い希望だったにせよ…だ。



翌日になって、
いつもと同じ時間に目が覚め、
いつもと同じ通勤路で出社し、

いつもと同じようには挨拶ができずに、
なんとなく人とはしゃべりたくない気持ちで午前中を過ごし、
独りでランチを取り、
残った昼休みの半分を、
その辺の花壇のへりに座り、まずい缶珈琲を啜りながら、
読みかけていた小説を一気に読み終えた。

とても哀しい気持ちで自分が満たされているのだけれど、
恐らくこれは、叔父が死んだからという理由とは関係ないという直感がある。


葬儀の事で覚えていることと言えば、
不如帰が鳴いていたことだけだ。

斎場の向こうに広がる林の方で。
蒼天を仰ぎ、透明な空気の中を、切り裂く様にではなく、
不如帰の囀りが、僕の耳に残っていた。


6月にも不如帰は鳴く。

それが叔父の残した訓戒だった。

何故か、つまらない物書きが書く、

つまらない小説の、つまらない展開の中で、

取るに足らない物語の中で、無駄に消費される1ページを書いてみたくなった。


もっとも、僕にはそんなことしかできないのだけど、


だから、もし、この文章に真剣に向き合う人がいたとするのなら、

その人には、申し訳ないと、先に伝えなければいけない。






上司から、急な外出を申しつかった。


それ自体は、一向に構わないのだけれど、

今日、僕は、かばんすら持たずに出社していて、


僕を知らない人には、とても理解しにくいことだとは思うのだけれど、


僕は、何もすることのない時間がとても嫌いだ。

そんな恐ろしい時間を過ごすくらいなら、寝た方が遥かにましで、

旅行の時、まず一番最初に、僕が用意するのは、

日常を過ごすための品々ではなくて、

時間を潰すための、旅行にとってまるで無意味な品々だ。



申しつかった行先は国分寺で、

それは会社から一時間ほどの距離で、

その時間の全てを、目的もなく横に流れる景色を、

動物園で誰からも見向きもされない、何の変哲もない鳥の様に、

自分の前を通り過ぎる人々を見て暮すような、一時間が、とても耐えられそうになかった。


だからといって、僕が、

その足で本屋に向かい、

貴方の人生の中で一番好きな本は何ですか?と問われたとして、

「いくつかの候補の中かから選べません。」

もしくは、

「そんなものはありません。」

と、応えるだろう自分の心の中で、薄ぼんやりと思い描くであろう、

村上春樹のノルウェイの森を手に取ったのか、全く僕自身にも理解ができない。


大学生の頃、興味本位で手に取った”ノルウェイの森”。

そこから、彼の著書をほとんど読みつくすことになるのだけれど、

(僕がそこまで追いかけた作家は、多分彼一人だtったと思う)


結局のところ、僕は彼が何を言いたかったのかなんて、

これっぽっちも理解できないのだけれど、


そのラストがどんな意味を考え続けたあの日以来、

僕は2度と、その本を再び開くことはなかったし、

かつて旅行に出かける前の空港で、

2度ほど、上下セットで購入した”ノルウェイの森”を、


何故、今日、この日に限って、再び購入し、

そのページをめくったのかは、判りはしない。


重すぎるわけでもない。

軽すぎるわけでもない、

丁度陰鬱さを、

寝起きのベッドに含ませる、汗と同じくらいの量で、僕に溜める荷物を持ちながら、

僕は十数年ぶりに、その本を開くことになる。


そう言えば、国分寺を訪れるのも、

十数年ぶりだ。


十数年前の或る日、

吹奏楽部の合宿中に、何もかもが嫌になり、

同級生を誘って、仲の良かった同級生の家まで行ったあの日。


おそらくそれが、僕にとっての国分寺の最後の日だったんだと思う。


記憶の中に、ほんの少しも残らない、街並みに、

ほんの僅かにめまいを覚えながら、


電車を降りた後も、”ノルウェイの森”を読み続けた。


だから、僕が最初に思い出したのは、

電車通学を続けた、小学生や中学・高校、ついでに言えば、大学時代、

電車の中で、本を読むことがとても好きだったことだ。


おそらく僕は、他人も社会も嫌いだったはずなのだけど、

他人の中で、読書をしていたあの時間だけは、

何やら、10年ぶりに出会った同級生との逢瀬の様に好きだったことを思い出す。


(幸か不幸か、ここ長らく、僕は1時間近く、読書を続けられるような、

”通勤”路を持つことが無かったのだ)


そうして、帰りの電車の中で行きついた、

”行くあてのないキス”という単語を反芻することになる、

文字通りそれは牛の様に。



ひとつ、はっきりしていることは、

初めて”ノルウェイの森”を読んだあの頃、僕は恋を知らなかった。


僕が同じ本を二度読まないのは、

既にあらすじを判っている話を、再びたどるのはおっくうなのか、

一度みた、自分の物語に対する感想が、絶対だと思っているかのどちらかなのだけど、


行くあてのないキスというものには、

あの当時知らなかった実感が胸を駆け巡る。


世の中にいるカップルの大半が、

朝起きた時にトイレに入るのと同じくらい自然に、別々の結末を紡ぐ物語に帰結するのだけれど、

じゃあそんな2人がした、初めてのキスが全て行き場のなかったキスだとは僕は思わない。


そこに不幸はあっても、絶望が初めから存在したわけではないから。


でも、ある種のキスには、

絶対的な絶望が存在する。


どんなに相手をいとおしいと思ったにせよ、

重ね唇の温度がどれだけ高かったにせよ、

”当事者”である、二人の間で、

意識的にせよ、無意識だったにせよ、

絶望が含まれていたとき、

それは、きっと、“行き場のないキス”になるのじゃないだろうか。


だから、ある種の人たちがするキスは、

行き場のないキスになるんじゃないだろうか。


線路の端で、夏になりきれていない陽射しを受けながら、乾いていく洗濯物が、

横に流れていく。


不機嫌そうな顔で、信号待ちをしている女性の顔が、横に流れていく。


一点の曇りもない(と僕には見える)笑みを浮かべる、児童達の帰宅姿、


電車のドアが開いても、その真ん前で楽しそうに子供をあやす夫婦も、


およそ全ての、僕の前に繰り広げられる現実に、

僕は、現実感が無いことを見出す。



もう十数年も前に、

僕に訪れた、たった一度のキスを思い返し、

その輪郭がはっきりしていないことに、いまさらながらに気がつく。


時間だけは、平等だと。



唯一この話に問題があるとするのなら、

この千数百字が、フィクションなのか、ノンフィクションなのかも僕には判らないことだ。


だから僕は、

全てを終えて、帰宅した後に、

現実ではない、現実の中で泣いた。


行き場のないキスを思い出して泣いたわけではなく、


ただ、生きていることが哀しかったからだ。

作りかけの模型を、一気に作ってしまうかと勢いごんで、

手元も定まらないうちに、作業を始める。


林檎を齧れば、歯ぐきから血が出るのと同じくらい必然に、

僕はパーツを手の内から溢し、ベッドの透間えと、それを転がしてしまう。


その隙間に落ちていく画像だけがやけに鮮明で、

多分、半径5cmの範囲で、見えない枠組みの下に、そのパーツがあるはずなのに、

どうあがいても、その隙間に手は入っていかない。


陽が申し訳なさそうに照っている時間から、

たった半日の隆盛を越え、申し訳なさそうに沈んでいく間、


昔好きだった映画を見ながら、

僕は、その頃の僕を好きだったのかと、

その頃の僕が誰を好きだったのかと、

そのパーツを拾うべきかを考えていた。


やはりそれが必然だったかのように、

僕は映画の途中で停止ボタンを押し、

恐ろしいほどに散らかった部屋を片付けだし、

ベッドを半分くらい解体して、そのパーツのサルベージを始める。


同じく必然として、

ベッドから手厚い報復を受け、今度はベッドのパーツとパーツの間に指を挟み、

指が変色するほどの痛みが、継続することになる。


数年ぶりに、地上に姿を現した、僕の生活の残滓やごみは、

床一面に広がる惨劇となって、僕を後悔へといざなうのだけど、


それを紛らわすための音楽は、パソコンに入っていなかった。


ネットの集会所にも、今日は誰も姿を見せないし、


うんざりしながらタバコの箱を開ければ、

そこには1本しかタバコが残っていなかった。


煙りを吐きだした壁には、なにやらつぶれた昆虫の足だけが残されていたし、


いくら呼んだところで、スコットが2階から降りてくる気配もない。



それでもいよいよ暗くなっていく空をみながら、

手元には、発掘を終えたばかりのパーツがある。


何かをなくしつつ、得たものがそのパーツだけだったにせよ、

さあ、これで模型が作れると、目標のできた休日は、


十分に幸せなんじゃないだろうかと、

そう感じることのできるようになった自分が、


確かに昨日より、10年前より、生まれる前より、

幸せなんじゃないかと、そう思えた休日。


昔好きだった映画は、

やっぱり今でも好きだった。

其処はどこでもなかった。




どこにも続かない道があり、


どこへもつながらない扉があるだけで、




真っ白な空間の中で、


ただ音楽だけが流れていた。




水面に、ただの一滴こぼした涙が、


どこまでもどこまでも響き続けるような音。






わたしは忘れていった。




わたしが誰だったかを。




わたしが何をすべきだったかを。






それでも、その地面だけはとても柔らかかった。




温かくわたしの12本の(いくつかは喪われた)足を、


優しく受け止め、ほんのわずかな反発力で、




わたしを白い空間に押し戻してくれた。






だから、わたしは思い出すことができた。




この足の下にあるのが、地面だったということを。




そこと反対に顔を向ければ、


昔、自分の顔に涼やかな陽光が射していたこと。






まだわたしが何者でもなかったころ、


初めて嗅いだ土のにおいを、




逆巻く風が舞いあげた、色とりどりの落葉を、


その向こうに見えた約束を、




たった一つの生きる 意味を。



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携帯から、記事編集すると…文字きれるのね…、


忘れていたこのシリーズ をそのうち書こう。