第6章 創作・随筆(第5節…創作「病院(仮題)」連載⑭) | 獏井獏山のブログ

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 天満橋の居酒屋に入ってビールを注文してから私は先ず、カウンターの内に居る女たちの面に目を向けた。可愛いのが2人と余り頂けないのが2人居た。可愛い女の1人がちょうど私の前でムギワラ帽子にマジックインキで模様を入れていた。海水浴に使いたそうな帽子を、この女は作ろうとしているのだろう。私は黙って、この不手際な芸術家の余念のない仕草を眺めながらビールを少しずつ飲んでいた。横に座っている慎吾はビールの小瓶を空けてハイボールをやっている。如何にも詰らなさそうに口に運んでいる彼の横顔を眺めた私は憐れみを催した。彼と酒を飲んでこんな感じを抱くのは初めてだった。こんな感じを抱くのは自分が病気の所為だと思った。確かに私は病人であり、酒など口にすべきではないのだ。しかし、彼はそんな事を多分考えてはいないだろう。いや、逆に彼の方が私より強くそれを感じているかも知れない。酒で身を潰した彼は酒が何よりもいけない事を誰よりもよく知っている筈なのだ。が、今の彼には酒を止める気など無くなっているに違いない。…私は、彼自身、病気を治さねばならない義務(それは肉親や知人への義務である)と、強制された忍耐に堪え得ない心との板挟みに遭った苦しみを理解することが出来るような気がした。その苦しみは決して今始まったものではない。私が入院して初めて彼を見た日、陽気に歌を唄っていた彼は既に今ある苦しみを味わっていたに違いない。ただ、その時の元気が苦しみを忘れがちにさせたのだ。これは一時的な元気さとは何の関わりも無く彼を占めていた。病院に居る限り決してそれは拭い去ることが出来ない。酒に依っても、遊びに依っても取り除く事の出来ない、いわば物の「影」のようなものなのである。私にしても、それは同じ事だ。慎吾を憐れむ「権利」は爪の垢ほども無いのだ。何時の間にか酒を口にしている自分を、私はもっとじっくりと鏡でも出して見たいような気がした。

 

(13)私は1月4日の事を思い出した。  (続く)