漫⑯ 小品…「ちょい待ちミーちゃん」との2日間 (3) | 獏井獏山のブログ

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【親切心】

 ゲーム機や尻取り遊び、その他の遊びを通じてバク小父さんが最初に思ったのは、ミーちゃんはやる事がマイペースで、何でも自分の思い通りに事を運ぼうとする「利かん気の子供」ではないか、ということだった。しかし、それは小父さんの大きな間違いだった。そして、ミーちゃんは見せ掛けとは大違いの、心根の優しい子だということを知るのに然程の時間を要しなかった。……

……その日の夜、お祖父ちゃんの通夜が区の集会所の1階で行われた。

(数年前まではそういう儀式は家で行うのが普通で、ミーちゃんの家は大きな家なので、大分前に亡くなった曾祖父の時は家で行われた。しかし最近は集会所を使うのが通例のようになっていた。)

 お通夜が終ると、身内の者は喪服を平服に着替えて、集会所の2階の大広間で食事をした。その後は祭壇の蝋燭と線香の灯を絶やさないように、何人かが残って交代で見守りを行うことになっている。その他の者は一旦、家に帰ったり先刻食事をした大広間で適宜に睡眠をとる。バク小父さんも夕食のあと深夜の1時頃まで祭壇の前で起きていたが、眠気が限界にきたので2階の大広間へ寝に行った。そこには先刻食事をした約10脚のテーブルがそのまま置いてあるので、テーブルとテーブルの間の狭い場所で大人2人と子供数人が寝ていた。バク小父さんは空いた場所を探してそこに座布団3枚を敷いて寝転がった。部屋にはエアコン(暖房)が入っていたが寝転ぶと寒かった。バク小父さんが寝返った時、それまで寝ていた大人2人と2~3人の子供が目を覚まして部屋を出て行った。その中にミーちゃんも居た。そのミーちゃんが部屋を出る直前に、余っていた毛布をバク小父さんに掛けるため傍に運んでくれた。自分の近くまで来たミーちゃんに気付いた小父さんは半身を起こしてその毛布を被るために引っ張ったが思ったより重いので吃驚した。

「こんな重いのに運んでくれて有難う。」寒くて何か被る物はないかなぁと思った時だったので心から感謝して礼を云った。それに対してミーちゃんはニコリともせず、得意顔するでもなく、勿論怒っている訳もなく、平常時と何ら変らない表情で、いかにも『別に、これぐらいの事するのは当たり前でしょう。』と云わぬばかりに振り向きもせず部屋を出て行ったのである。

 そういえば以前、バク小母さんが「ミーちゃんって、よく気が付いて幼稚園でも面倒見がいいらしいよ。」と云っていたのを思い出した。今日だってバク小父さんが

「喉に何か引っ掛かったみたいで少し痛い。」と云ったら、ミーちゃんが

「ちょっと待って。」と台所からチョコレートと飴を持ってきて「これ食べたら。」と云って渡してくれた。

 また通夜が始まる前、誰かが人の名を呼びながら集会所の内外を探し回っているのを見ると、自分も集会所の外へ探しに出たりしていた。どれも皆同じ気持ちから出た行為である。ミーちゃんは思ったことは物怖じすることなく発言し、したい事は躊躇せず即座に実行に移す。それは生れ持った正直で真っ直ぐな気性から発しているものなのだろう。それと同じように、ミーちゃんには生まれ乍らにして身に付いた親切心が自然な形で行動に表れるのだと思う。そんな事を考えているうちにバク小父さんは眠りに落ちた。

 

【夫婦みたい】

 2日目の午後から、ミーちゃんのお祖父ちゃんの葬儀があるので身内の者は午前中に集会所に行くことになっている。そのためバク小父さんは喪服に着替えていた。同じように着替えをしていたバク小母さんが

「服に糸屑が付いているよ。」と云って、バク小父さんの傍に寄って糸を取り除き、序でに折れていた服の襟を直した。それを傍で見ていたミーちゃんが

「まるで夫婦みたい。」と真顔で言った。ミーちゃんにとって、このような情景や会話は、これまで家の中で祖父母や両親の間で交わされる場面として認識していたので、2人がしてることを訝ったのだろう。そういうところを透かさず指摘するのがミーちゃんの鋭さである。

「夫婦みたいって?…だって夫婦だもの。」バク小母さんが説明すると、ミーちゃんはホッとした顔になって

「やっぱり夫婦やったんや。」と云って頬笑んだ。

              ☆

バク小父さんはこの家に来てから2日間、お通夜や葬儀という儀式の合間に、ミーちゃんと多くの時間を一緒に過ごすことができた。上記の「尻取り遊び」のほかにも「あっちゃ向いてホイ」や「おちゃらかホイホイ」をしたり、手品を教えたり、お話しもして、その間中、小父さんはミーちゃんの行動や会話、物事に対する敏感な反応に深い興味と共感を味わった。ミーちゃんと一緒にいると全然退屈しない。気が付けばアッと間に2日間が過ぎていた。

 2日目の夕方、殆どの儀式が済んで着替えを終えてから、バク小父さんがミーちゃんと「ババ抜き」をしている時、バク小母さんに「そろそろ帰らないと。」と声を掛けられ、もうそんな時間かと思った。ウソみたいに時間の経つのが早い。1回目の「ババ抜き」が終ってミーちゃんに「ちょっと待って、あと1回だけ」と誘われたがもう時間の余裕はなかった。バク小父さんが立ち上がった時、ミーちゃんは1人で別のトランプ遊びを始めていた。

「じゃ帰るわ、ミーちゃん。さよなら。」小父さんが声を掛けたがミーちゃんの返事はなく、一心不乱にトランプ遊びを続けている。

 玄関に降り立つと家の人が皆見送ってくれたが、ミーちゃんは応接間から出て来なかった。今、ミーちゃんはトランプ遊びを始めたばかりである。やり始めたことに集中すれば他の事に気を散らさない。もし、遊びが一区切りついたなら「ちょっと待って」と云って出てきたに違いない。それが「ちょい待ちミーちゃん」の基本スタイルだとバク小父さんは理解している。

 ミーちゃんは真っ直ぐな強い心を持った子である。だから物怖じしない。こうと思う事は強い意志を貫いて止まるところを知らない故に、時には両親や親しい人達との間に衝突が起きることもあるだろう。しかし、最近のように心の病を内包した子供たちが多い世の中にあって、けれん味がなく明るくて親切で実行力のあるミーちゃんは、その成長の過程において、これらの人々にとってなくてはならない存在になるに違いない。バク小父さんはそれを固く信じ、期待に胸を膨らませて家路についたのである。  (おわり)

 

【注:この雑文は数年前に書き、博愛ちゃんが後年に読み返して自己の少女時代を懐かしみ、且つ役立てて呉れることを願って、親を通じて本人に送った冊子を書き写したものである。】