09新司刑事系第1問(ランクA、難易度A+) | 予備校派のための司法試験・予備試験塾 KLOライセンス

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本ブログは元々個人が運営しておりましたが、今後、事務的な質問に関しましてはKLOスタッフが回答させていただく場合がございます。

第1 乙の罪責
1 120万円を引き出してポケットに入れた行為
  当該行為につき、乙に横領罪(刑法(以下略す。)252条)が成立しないか。
(1)まず、120万円につき乙に「占有」があるといえるか。
 ア この点、「占有」には事実上の占有のみならず法律上の占有をも含むと解される。そして、「占有」が誰にあるかは占有の意思と占有の客観的事実から総合的に判断すべきである。
 イ 本件では、後述するように甲にAの口座の預金に対する占有が認められるところ、乙は、その甲からB社の口座に200万円振込むことを指示され、Aのカードと通帳を渡され暗証番号も知らされているので、いつでもAの口座の預金を利用しうる立場にあったといえる。
 ウ よって、乙にAの口座につき法律上の「占有」が認められる。
(2)そして、刑法上、預金の所有者は名義人であると解すべきであるから、120万円はAという「他人の財物」にあたる。
(3)では、甲と乙の間に委託信任関係は認められるか。
   たしかに、甲と乙の委託信任関係は甲が後述する業務上横領のために結ばれたものであり、民法上無効なものである(民法90条)。
   しかし、刑法と民法は目的を異にするので、同一に解する必要はなく、事実上の委託信任関係がある以上、甲と乙の委託信任関係も刑法上は保護に値すると考える。
   よって、委託信任関係も認められる。
(4)では、乙は「横領」したといえるか。
   ここで、「横領」とは、他人の物の占有者が、委託の趣旨に反して所有者でなければ出来ない処分をするという不法領得の意思の発現行為をいう。
   本件で、乙が120万円を勝手に引き出し、自分のポケットに入れることは委託の趣旨に反しており、所有者でなければできない処分であるから、不法領得の意思の発現行為があったといえる。
   よって、「横領」したといえる。
(5)以上から、乙に120万円についての横領罪が成立する。
2 80万円をB社の口座に入金した行為
(1)まず、80万円についても、前述の120万円と同様に横領罪の正犯が成立するか、それとも、後述する甲の業務上横領罪を容易にしたにすぎないとして幇助犯(62条1項、253条)が成立するか。
 ア この点、正犯か幇助犯かは自己の犯罪として行ったか、他人の犯罪に加功したにすぎないかにより判断すべきである。
 イ 本件では、乙は、80万円を自己の利益のためにB社へ振込んだわけではなく、80万円については甲に利益を帰属させようという意思で行っている。また、乙は甲が上司であったことからとりあえず指示に従おうと80万円については甲の言うとおりB社の口座へ振込んでいる。
   そうだとすると、80万円をB社に振込んだことについては、乙は甲という他人の犯罪に加功したにすぎないといえ、幇助犯を検討すべきである。
 ウ そして、乙は、上記行為によって、甲の業務上横領を容易にしたといえるので「幇助」にあたる。
(2) では、乙には単純横領と業務上横領のいずれの幇助犯が成立するか。65条1項と2項の解釈が問題となる。
  ア この点、65条1項は真正身分犯についての成立と科刑、2項は不真正身分犯についての成立と科刑について規定したものと解するのが文言上素直である。
  イ 本件で、業務上横領罪と単純横領罪とは「業務上」という点で不真正身分であるから65条2項が適用され、乙には単純横領罪の幇助犯が成立する。
3 以上から、乙には80万円についての横領罪、120万円についての横領罪の幇助犯が成立しこれらは併合罪(45条前段)となる。
第2 甲の罪責
1 甲が乙に200万円をB社口座に振込むよう指示した行為により乙が80万円をB社口座に振込んだ点
 当該行為につき、甲に業務上横領罪の間接正犯が成立しないか。
(1)乙は、甲が自らが代表者となっているB社の口座に振込ませようとしていることに気付いていることから、道具性が認められず、そもそも甲に間接正犯は成立し得ないのではないか。
 ア この点、間接正犯は、正犯意思を有し他人を道具として一方的に支配利用している場合に認められると解する。そして、ある犯罪の故意を有する者を利用する場合であっても、利用者の一定の支配が及んでおり、被利用者が利用者の従犯にすぎないような場合には故意ある幇助道具として利用者に間接正犯が成立すると解する。
 イ 本件では、乙は、甲が上司であったことから、とりあえず甲の指示に従おうと考えているので甲による一定の支配が及んでいたといえる。また、乙は、前述の通り、自己の犯罪として80万円の振込みを行ったわけではなく甲の従犯にすぎないといえる。
 ウ よって、乙を故意ある幇助道具として甲に業務上横領罪の間接正犯は成立しうる。
(2)では、甲の行為は業務上横領罪の構成要件に該当するか。
ア まず、甲は、Aの従業員として現金出納、取引先に対する支払いやAの口座の預金の出し入れ等の事務を反復継続して行っていたので、甲の行為は「業務」にあたる。
イ 次に、甲にAの口座の預金についての「占有」(253条)が認められるか。
  本件では、甲は、Aの信頼が厚くAクレジットにおいて資金管理を担当していた。また、Aの口座の通帳、およびその届出印、キャッシュカードは事務所内の金庫に保管されていたところ、金庫の鍵は甲が所持し、Aの口座の預金の出し入れをする場合には部下の経理担当の事務員に指示して行わせていた。
  かかる事情に鑑みると、甲には、Aの口座の預金についていつでも処分しうる立場にあったといえ、法律上の「占有」が認められる。
ウ そして、Aは甲を信頼して上記金庫の鍵を預けたり、資金管理にあたらせていたのであるから、甲とAの間に委託信任関係が認められる。
 エ では「横領」にあたるか。
   本件で、甲は、Aの口座から自分が代表者となっている実体のないB社の口座にAの預金を振込ませようとしており、これは委託の趣旨に背いて所有者でなければできない処分をするという不法領得意思の発現行為といえる。
   よって、「横領」にあたる。
(3)以上から、甲に80万円について業務上横領罪の間接正犯が成立する。
2 甲が乙に200万円をB社口座に振込むよう指示した行為により乙が120万円を自らのポケットに入れた点
(1)当該行為により、甲は、乙に横領罪の犯意を生じさせたといえるので当該行為は横領罪の教唆犯の客観的構成要件に該当する。
   もっとも、甲は自ら業務上横領を犯す意思(正犯意思)をもって、乙を道具として利用して業務上横領を行おうとしており、主観的には業務上横領罪の間接正犯の認識である。かかる場合に、故意(38条1項)は認められるか。
 ア この点、故意責任の本質は反規範的人格態度に対する道義的非難にある。そして、規範は構成要件の形で国民に与えられている。
   とすれば、構成要件が実質的に重なり合う限度で行為者は規範に直面したといえ、故意責任を認めることができると解する。
   そして、構成要件は保護法益と行為態様に着目した類型であるから実質的な重なり合いがあるか否かも保護法益と行為態様から判断すべきである。
 イ 本件で、業務上横領罪と単純横領罪は単純横領罪の限度で重なり合いが認められ、間接正犯と教唆犯は犯情の軽い教唆犯の限度で実質的な構成要件の重なり合いが認められる。
 ウ よって、甲には、単純横領罪の教唆犯の故意が認められる。
(2)もっとも、甲には、前述の通り「業務上」という身分があるので65条2項により業務上横領罪の教唆犯が成立する。
3 乙を車のトランクに閉じ込めた行為
  当該行為につき監禁罪(220条後段)が成立しないか。
(1)「監禁」とは、人が一定の区域から出ることを困難にして継続的に人の身体活動の自由を奪うことをいう。
   本件で、甲は、乙を車のトランクという一定の区域から出ることを困難にし、継続的に乙の身体活動の自由を奪ったといえ、「監禁した」にあたり、監禁罪の構成要件に該当する。
(2)もっとも、乙は当該行為について同意しているので違法性が阻却されないか。
 ア この点、違法性の実質は社会的相当性を逸脱した法益侵害ないしその危険にあるから、同意が社会的に相当といえる場合には行為の違法性が阻却されると解する。
 イ 本件では、乙が甲の監禁行為に同意したのは、甲乙の横領罪等の犯罪の隠蔽目的である。かかる不当な目的による同意は、社会的に相当とは到底いえない。
 ウ よって、違法性は阻却されず、甲に監禁罪が成立する。
4 強盗被害を偽装すべく警察に電話した行為
  かかる行為は、乙と共同して、強盗に合ったふりをして警察を呼び出したものであることから偽計業務妨害罪の共同正犯(60条、233条)が成立しないか。
(1)この点、警察等の権力的公務は公務執行妨害罪の「公務」として保護すれば足りることから、「業務」(233条)に権力的公務は含まれないと解する。
(2)よって、上記行為は、偽計業務妨害罪の構成要件に該当せず、同罪は成立しない。
5 以上から、甲には、①80万円についての業務上横領罪の間接正犯、②120万円についての業務上横領罪の教唆犯、③監禁罪が成立し、①と②は一個の行為により行われているので観念的競合(54条1項前段)となり、これと③は併合罪となる。
以上