『細入地域の史跡・見学ポイント』ガイドブック  企画・編集 佐田 保 | 神通峡ふるさと創生物語ブログ1:「神通峡かいわいの昔話」・「集落ガイド」・「神通峡のわらべ歌」・「神通峡民話物語」等

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『猪谷の史跡・見学ポイント』

 

14 神岡鉱山猪谷事務所跡(P18)

 

 
 三井鉱山は、製品を搬出するため,大正二年(一九一三)笹津より専用軌道の工事にかかり、大正一二年(一九二三)船津までの三六キロの軌道を完成させ、三〇数台の軌道馬車挽きで富山鉄道の笹津駅へ搬出していた。その後、馬車挽きからガソリン車に変わった。
 昭和五年(一九三〇)飛越線(現在の高山線)が猪谷まで開通したことにより、対岸の舟渡地内より神通川を渡りこれに直結するように高さ七六メートル、レール幅六七センチの巨大な鉄橋を作り猪谷駅構内に乗り入れるようになった。昭和六年(一九三一)には猪谷地区の二分の一近くの広大な敷地に三井鉱山猪谷事務所を建設し、隣接して購買部、診療所等を建設した。
 昭和四一年(一九六六)「国鉄神岡線」の開通により神岡軌道は廃止され、猪谷事務所等関係施設は撤去された。
 鉱山の広い敷地の一部に猪谷小学校の校舎が建設され、昭和四三年(一九六八)に鉱山従業員用の鉄筋五階建てのアパート二棟が建設され、六〇世帯が入り賑わいを呈した。鉱山の事業縮小から国鉄神岡線は廃止され、第三セクターの神岡鉄道が営業を行ったが、これも平成一八年(二〇〇六)廃止になった。アパートも閉鎖された。
「細入村史」参照