17歳のときの、ともだちから、誘いあり |   心のサプリ (絵のある生活) 

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画家KIYOTOの病的記録・備忘録ブログ
至高体験の刻を大切に
絵のある生活 を 広めたいです !!!

本読んでいますよ。^^  Sっちゃんが読み込んでいる本だから読みがいあるよ。高橋さんも素敵だよね。ご存知妻は働き始めて休みも取れない状況、私はご存知絵にサックスにと いけないなあ。おそらく日本は、海外のように宗教がいわゆる葬式仏教になっちゃっているからねえ。唯物論的な医師が客観的と思われているし、シュタイナーとか三島由紀夫とか小林秀雄やベルグソンなんかの魂の叫びはなかなか素直に聞けない日本人が多いんだよ、だから 良い意味で高橋さんのような才能があり父親の遺伝が強い女性があるユル分野にアドバイスができる時代なんだろうね。Sっちゃんのしおりのところも読んだけど、不思議な体験というのは、ご存知肉体と精神のことを考え続けている人には聞こえてくるもんなんだよね。その天才の天才がブッダなんだけど、今かなりの彼の教えを学んでいるよ。サンスクリット語で坂口安吾が学んだのが、俺が18才の時。Sっちゃんと出会った頃よ。あの頃から俺は何も変わってないからね。ガハハ。肉体は劣化してくるけど魂は17才の高校生のまま。おそらく高橋先生もブッダは学んでいるはず。西洋哲学では、キリストが進学になっているし、東洋では、ブッダの教えがそれぞれの国で花開いているでしょう、日本では、親鸞と空海が世界的に認められているし、ご存知ZENの店もパリにもあるんだよね。この魂の問題と、フリっちょカプラが書いた、タオ自然学の問題が、そしてカールセーガンの「あと数十年でこの宇宙の神秘が解かれる可能性あり」とサイエンスアドベンチャーに書いたのが、30年前。その時はまだネットもなくてね。今はネットがあり、世界から論文が寄せられていて、マルチバースの宇宙のこと、素粒子のことが毎日学べるんだよね。妻と見ているのよ。それは、おそらく、高橋圭子さんの著作とダブるところがたくさんあると思うよ。西洋医療の限界、在宅医療、キリストの貼り付けのことを考えていた人が 手足から血が吹き出したという実話、あるいは、アメリカのベストセラーで「輪廻転生」した子供のエピソード、三島由紀夫が自決する前にネットがないので資料は少ないけれどあらゆる仏教の輪廻の本を読み込んで、春の雪のお寺を決めたというエピソードね。この世界が空だというブッダの哲学が出ているのよね。現代物理学でも、「時間はない」というのが常識ですからね。ランボーの夕焼けの中の瞬間の中の永劫とか、みんな天才たちは直感でそれを感じているのよね。高橋さんもその一人で、多忙で瞑想もできない人たちのためにアドバイスしているんだと思うよ。哲学や宗教も殻に閉じこもっていたら広がらないし、現代人の心には染みないしね。その意味ではSっちゃんは良き出会いをしたね。よかったと思うよ。ただ、俺はね、10代の頃の体験が神秘体験なのよ。だから、あの当時に出会った、友達や、読んだ本、特に小林秀雄と 三島由紀夫 小林秀雄からは湯川秀樹との対談や岡きよしとの対談における物理学の問題ね、「時間と空間」それが今のマルチバースの問題と重なってくるの。すごいよ。三島由紀夫はね、みんな知らないけど、彼は仏教ね。マルチバース的なとんでもない宇宙とミクロの世界を行ったり来たりした人だから、自決する前は、おそらく戦死した友達なんかとcomunicateしたと思うし。その辺りの、読み込みと、あとは、世界に色々な宗教があるということが、神様がいるという証拠といっている作家もいるしね。五木寛之。他力ね。神様がいるかどうかも大事だけど、神様が絶対にいないというところからスタートする現代物理学が、今や、諸行無常とか、ハイゼルベルグの定理では、「観測する人の人間の存在が観測に影響するんだ」という発見ありでね。絶対的な客観はあり得ないというのよね。だから 西洋的な医学では人間を扱うのには限界があるのよね。気がついている医者もいてね。ここ夕張でもそんな医者が医療費をなんとか減らして、在宅医療を増やしたいとか頑張ってて、白血病で亡くなったけど、その志は妻も理解しているしね。なかなか象牙の塔になってしまうとね、人って身動きが取れなくなるのよ。地位とか名誉とか金とかね。それがね、逆に何か真理とか、魂とか、根源的なものに触れたくなってくるんだと理解しているよ。昔のお坊さんは基本、ホームレスだし。お布施を少しいただいて、生きていたでしょう。それでないと魂のあり方は感じることができないと思うのよね。とにかく貴重なる本をありがとうね。これから深く読み込んでみるよ。基本俺は生きている人の本よりも、死者たちの本しかあまり読まないんだけど、でも読むね。良い日をね。お体に気をつけて。魂の人生を長く続けようね。俺は基本葬式に行ったりはもうしないよ。そんな儀式的なことよりいつも脳裏の中に友達の顔やエピソードを思い浮かべること。それが最近お釈迦さんから学んだことかな。^^