吉行氏はよくクラシックの名曲や、クレーの絵画の題名からも上手に小説の題名をつけている。
なるほど、と納得できる題名。
これはでも実に大切なことですね。その題名が良ければ、中身もより楽しく読めて読後感も長く残るような気がします。
池田満寿夫の「エーゲ海に捧ぐ」もあの題名でなければあそこまで歌も本もヒットしなかったでしょうしね。
吉行淳之介氏の最後のヒット作の「夕暮れまで」も夕暮れ族なんていうタイトル自体がブームをつくってしまいました。
夕暮まで (新潮文庫)/吉行 淳之介

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ところで、今夜の吉行淳之介氏。
この「暗い半分」とは微妙な題名の付け方で、意味深。
いまだに、よくわかりませんが、なんとなく、残りますね。
千人以上の受験生から学科試験によって160人をまず選び、次に120人が口頭試験により、入学が許可される。
そんな試験を主人公が受けに、Q市の宿にとまります。
そこは、先輩から紹介を受けた宿で、小太りの中年婦人がいて、信心深く親切に世話してくれると聞いていたが、まさにそのとうりの婦人だった。
この意外な書き出しもいいですね。
これからどうなるだろうか、そう思わせる彼のテクニックですかね。
しかしながら。
結果はさんざんの不出来で、自信もくずれ、宿の窓から見る橙色の夕焼けがひどく、意地悪な色に思えたりもする。
ところが、意外なことに、十日程して、合格の通知が届く。
だまされているような気もしたが、口頭試験を受けるためにまたQ市にもどる「ぼく」。
宿の主婦はこう言った。
「うちに泊まった方たちでは、あなた一人だけが合格です。あなたが合格することは、ちゃんと私にはわかっていましたよ。大明神様のお告げがあったのです」
その婦人の目は、「ぼく」から見ると、薄い半透明の膜がかぶさっているような、瞳孔がふたつあって焦点が曖昧なような、どことなく異様な光かたをしていた。
しかし、口頭試験がまったく受かる気がしない「ぼく」は二階の布団にもぐりこむしまつ。どう考えても合格する自信がわいてこない。
寝ているところに、主婦が「たいへんです」と言って飛び込んでくる。
「たいへんです。あなたは大明神様の伺いによると落第と及第の境目にいます。よほど口頭試験でがんばらなくちゃいけません。ちょうど私は生徒主事の先生と懇意にしているので一緒にお宅へお訊ねしてみましょう」
暗い夜道を「ひどくおっくうなぼく」は婦人の後からついていく。
主事の先生はこんなことを言う。
「あなたはいったい何点くらいとれていると思いますか」
「せいぜい、62,3点だと思います」
「なかなかよろしい。君の考えているくらいの点数ですね」
「こんかいは120人くらいの人間が合格するのですが、君はそのすれすれのところですから、明日の口頭試験はしっかりやりなさい」
すると、宿の主婦が横から口を出す。
「先生のおっしゃるようにあなたは帰っておやすみなさい。わたしはちょっと先生とお話があります」
これで、「ぼく」は嬉しくなって来て、その主婦にもわずらしさから、何かありがたいものを感じ始めていた。
そして部屋にもどり布団にもぐっているとまた主婦がもどってきてこう言う。
「たいへんです。先生がおっしゃっていましたよ。あなたのような態度では落第だそうです」
つまり、落ち着いた態度では世慣れた図々しさがでると。
もっと朴訥そうにオドオドしたり、顔をあからめる方が印象がいいらしいと主婦は言う。
次の日。
簡単な試験があり、やがて主事の先生達がこういう問を出した。
「君は読書は好きですか。どんな本を読みましたか」
「読書は嫌いではありませんが、ここのところ、ずっと本を読んでいません」
この答弁が予定よりもはるかに大きな効果を目の前の三人の試験管の上にあらわれはじめる。
三人とも満足そうな顔になり、ざわざわと私語が試験管同士ではじまった。
「そうでしょうな。なにしろ試験勉強がいそがしいから暇がないでしょうしな」
「いまどきの少年はなまじ本などよまないもののほうが良いですよ」
「まったく、なまじ読書する中学生はどうも生意気でいかん」とも言う。
その時に、「ぼく」は自分の作戦の効果に浮き上がり、うっかり途方もない言葉を口走ってしまう。
「もっとも、「臣民の道」なんて本なら読みましたが」
この本は時局便乗の修身書だったので、これが試験管の耳に入れば「ぼく」は落第していた筈。
ところが、皆三人とも私語に夢中になっており、この言葉が騒音で消されてしまっていた。
結局、落第確実と思われた学科試験が受かり、今回の口頭試験では合格を確信して、そのまま
、そのとうりになった。
その主婦から手紙がきた。毛筆の立派な手紙である。母=あぐり?は親切なる婦人だと思っただけだが、祖母=「崖の下」の祖母? が手紙を前において首をかしげる。
単なる祝いの手紙とは思えない匂いが全体から立ち上ってくると言うのである。
たとえば、「私の家にお宿できたのも、なき父君のお引き合わせ」という箇所などは変なものだと。
「それじゃ、おばあさんは、この手紙は何を言おうとしている、と思うのですか」と「ぼく」が聞くと、
「つまりね、このかたと生徒主事の先生に、うんとお礼をしなくてはいけないのじゃないかしらね」と祖母は言う。
「つまり大明神様なんていうのは、その主事の先生のことなんじゃないかい」とも祖母は言う。
「まさか官立の学校でそんなことはないでしょう」と、「ぼく」は答える。
そのあとに、皆で手紙について相談し合ったが、大明神様や主事の先生の力が働いていることは確認できなかった。
新学期、Q市で寮生活をするようになった「ぼく」は主婦と先生には手みやげを少し持って行っただけだが、たまたまその主婦と道で会う。すると彼女はこう言う。
「しっかり勉強して、学年試験で落第しないようにしてくださいよ。なにしろ、あなたはようやく入学できたのですからね。よほど勉強しないと落第しますよ」と。
その主婦とはそれから道で会うたびに、こう言われるようになった。
「しっかり勉強しないと落第しますよ」
なんとも不思議な読後感。「暗い半分」でした。
(「面白半分」からのヒントかなあ)