フィギアを見て |   心のサプリ (絵のある生活) 

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画家KIYOTOの病的記録・備忘録ブログ
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 真央ちゃんのフィギア。残念ですね。
 ただ、あの「鐘」という曲。フィギアでは私は音楽と衣装がすごく大事だと思っているのですが、ラフマニノフだと思いますが、あの曲はあまりにも世界一の真央ちゃんの重厚なイメージを無理に作り上げていて、彼女がその曲に縛られすぎているような感じがしているんですね。

 フィギアは曲だな。

 反面、中野さんの「火の鳥」とその衣装。
 キム・ヨナの昨日の「007」と、今夜の「ピアノ協奏曲へ短調」でしたか。素晴らしい。

 なんで、真央ちゃんにあの曲でやらせるのか?
誰にでも、すぐわかることだと思いますよ。テレビでは真央ちゃん自身が選んだような言い方してましたが、真央ちゃんは、自立した個人をアビールするタイプの女優ではありませんよね。
 だから周りの人が、選んであげなきゃ。
 
 それは決して恥ずかしいことではない。
 才というものは、他人が発見するものですからね。
 たぶん、真央さんは、自分のことがまだわからないし、それはそれでいいんですヨ。
 それこそが日本的な性格なんですからね。
 
 あの、個人主義の国の韓国。 
 キム・ヨナの自信と自我。
 やはり国民性が違うんでしょうね。


 コマーシャルが彼女の本質をついた良いつくりをしてましたが、「皆に支えられてきたわたし」というテーマ。日本的で、若く自己主張もなく自然に皆から可愛がられるイメージの曲はないものだろうか?

その「自我」を超えた「無私」みたいなところが、逆に韓国の「自我」、ヨーロッパやアメリカの「個人」を超えて、アジアの中の神秘の国=日本というアピールの仕方ができるのにね。

 もしも、大人の女を演じるにしても無理。
 キム・ヨナがあれだけ色気をアピッルしているわけですから、バッティングします。

 やはり、清楚で無私、空に舞う蝶のような自由でのびやかな「真央無邪気命」で、いくべきですね。