「斜面の少年」    吉行淳之介 |   心のサプリ (絵のある生活) 

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 子供の領分 (集英社文庫)/吉行 淳之介

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運動場と校庭のつなぎめのところが、斜面になっている。
 光はさんさんと降り注いでいる筈なのに中等・高等の学生たちの顔に陰が射している。
 墓場に繋がる校庭の卒塔婆も墓のあたりに林立していた。

 高校一年の青木が先輩のところに学内新聞の原稿をとりにいった帰りにその斜面に寄る。
 中田といろいろ話をする。
 先輩が言うにはある投書によるとある高校の90%が童貞ではない。級長をやっている輩にいたっては遊郭通いをしているらしいが、君たちはどうなんだと聞いてきたと青木は言う。
 青木がそれはヒドイ話ですね、と言うと先輩はそうかそれでは君たちは好きな女の子に手紙を出してボストに入った瞬間に胸がきゅんとする具合なのかね、そう言ったという。
 「なるほど青木はそのクチなんだな」と中田が妙に意地悪な言い回しで言う。
 中田は鉄棒をしている赤川を指差して、「赤川は遊郭通いのクチだよ」と言う。

 青木はこんどは中田にからむ。
 「じゃあおまえは手紙を出さずに手を握るクチかい」と。

 まあ、このあたりの描写は思い当たる節がありますねえ。
 誰それと誰それが付き合ったとか、誰がもう喪失したとか、そんなつまらないとに皆目と耳を集中させる季節なんですよね。大人にいったんなってしまえば、懐かしき思いでかもしれませんが、あの妙に大人と子供の心と肉体のアンバランスの時期にもどりたいなんていう人はいないでしょうね。

 乱暴者の赤川が鉄棒で大車輪をし始める。
 青木と中田はそれを見ながら赤川の目が異様に茶に見えることを興味深く論議している。
 「茶色っぽい、時には緑色にも見えるきみの悪い目だ」と青木が言うと、中田はあれは苦労した男の目だよ、と強く言う。
 赤川が鉄棒をやめて斜面の少年ふたりのところに来て、お前たちは試験のことなど考えているのだろうが、オレは札束を積んで入ってしまうから試験勉強なんかしないんだ、いいjazz部のある学校がいいな、と豪語する。ふたりがそんな話をしているのじゃあない、と言うと、赤川は「じゃあ女の話か、オレは昨日例のところへ行ってきたがセーラー服の女がいて、遊んで来たよ」と言う。

 ある日、クラスでは一番の美人の岡田景子が、自転車乗り場でたむろしているところに来る。
 噂では、ふたりとも景子に惚れている、そして景子もふたりのどちらかに惚れているらしいが、指定はうわさにはない。
 塗装会社の社長の娘らしく彼女はふたりのオンボロ自転車の色をもっとシックにしなさいよと、美人らしく高圧的に言い、立ち去って行く。あくる日、約束どうり、彼女はエナメルをひと缶ずつ青木と中田にくれた。
 青木はハゲチョロの塗装のはげたところをきちんともらった塗料で塗り直すが、見栄えはたいして変わらない。
 中田は、塗り返さない。
 青木が「せっかくの景子さんの厚意なんだから」と言うが、中田は、「ずいぶんおまえはジェントルマンなんだな、そんな考え方をしていると今に手痛い目にあうぞ」とおどかす。

 これらの会話でふたりの登場人物の心理を際立たせているのはさすがですね。
 青木はどうやら優しい女性の立場にたって動いている分優柔不断な感じがしますし、中田はふてぶてしい分男らしい匂いがたちのぼってきています。

 景子のひとことが伏線。
 「中田さんってずいぶん、アマノジャクなのね」
 この意味不明の会話が効いています。

 そして青木と中田の間に事件が起こる。

 青木は中田が早熟な都会の青年風に女達と一緒に料理教室へ通っていたので、自分も行こうとした節があり、少し不器用で無理しているところが見える。
 岡田がそのふたりに好意をしめして、料理教室へきてもらったお礼にと、こんどは男子だけの図工教室へとひとりくるようになった。
 
 ある日のこと。
 図工の時間に青木のつくった本立てが紛失する。
 中田が休みの日であった、木工室の横に作品が並べられるのだが、青木が行ってみるとないのである。
 三日経ってまた青木がその部屋に行くと、こんどはその本立てがあるではないか。

 しかし、そこには別の名前つまり中田という名前のラベルが貼ってある。
 青木はいろいろ考えたあげく、図工の先生に相談することにする。
 自分が無くしたことを相談した図工の先生に中田の名前を告げた時には、青木は中田が自分に対して負い目を負ったような気持ちがして寛容な気持ちになった。
 「あまり先生、中田を責めないでください」そういう言葉のふしふしにも。


 その気持ちの動揺を先生は調べる目つきで見守る。

 ふたりはまた三日後に木工室の林先生に呼び出される。
 授業中にふたりは廊下を歩きながら、いろいろ考えているが、青木は鷹揚な態度をとるべきか、それとも一気にとりひしぐかを考えあぐねている。
 ところが意外な状況に青木はおちいる。

 先生がふたりとも優秀な生徒であるということと、青木と先生がたぶんこの三日の間に面談したのだろうが、先生は「中田もこれはボクの本棚です」と主張していると言う。
 つまり先生は青木の言う事も信じていないし、中田の言う事も信じていない、ふたりとも同じ土俵にたたされているわけですね。

 でも、まだ青木は「いまにすぐわかることだ」と余裕を見せている。

 先生はそこで、こんなことを言う。
 「それでは、この本立ては君たちがそれぞれ自分でつくったものだと主張しているわけだが、自分がつくったのならその特徴をよく知っている筈だ。そこで、二人で交替に特徴を言ってごらん」
 
 ここに少年達が言ったすべての特徴を列記することは意味がないので、省きますが、要は先生から見ても、まったくどちらの言っていることもすべてぴったり当たっているので、先生もますます混乱する。
 そして、ついに、先生はこう言う。
 「これをバラバラにしてもかまわないかね」

 すると中から青木と書かれた木の木口=こぐちがあらわれた。
 青木は気が抜けたようになり、先生が「どうしてこのとを先に言わないんだ」という質問に
「忘れていました」と言うしまつ。
 
 急に、激しい怒りが青木におこり「おいきさま、これでも自分のものだというつもりか」と中田の肩口を一押しする。
 中田は二三歩よろめくが、平然と、「うりふたつと言うこともあるからね」と言うではないか。

 先生も、中田を叱る立場のはずが、まあまあと言いながらふたりの少年の間に入ってきた。

 それからすこしして、斜面には青木と中田と少年達がたむろしている。
 青木と中田も斜面にすわってさすがに口もきかないが、青木の方がなにか動揺していて罪を犯しているような気さへするのだった。
 少年達の妙な沈黙があった。
 赤川はふたりをじっと見比べながら、「へっ、中田というやつは」と言いながら斜面を走りおりた。そして鉄棒でくるぐる回転し始めた。


 奇怪な事に、それからまもなくして、岡田景子が中田の恋人になったという噂が流れ始めた。
 
 
 よく、ブログの書評で★★★☆☆と評価をつけているブログがありますね。本や映画につけて客観的に評価しようとしているのでしょうが、これは無意味ですね。
 なぜならば、私は吉行淳之介の傑作と言われてる「闇の中の祝祭」からはじまり、エロ雑誌にものっかったような軽いタッチの読み物まですべて偏愛しているのですから。すべて五つ★です。
 笑い。

 小林秀雄氏が、作品の裏側にはどれだけの反古があるか考えてみよと書いてましたが、失敗作も次の傑作の踏み石になっている場合も多いですね。失敗作を書き直して受賞ということもあります。
 だから、そのひとつひとつの作品に★をつけることはあまり私にとっては意味のないことだと思うのですね。その吉行氏の人生の全体を読もうとしているわけですから。
 三島氏の「絹と明察」も簡単に失敗作と言う人がいますが、ほんとにしっかり読んでいるのかと言いたいくらいですよ。笑い。

 もちろん本は高いですから(ほんとうは高くない)、普段本を読まない人にとっては★は目安にはなるのでしょうね。
 ただ、本を読む行為というのは、客観的に読むというのはなかなか難しいですよね。
 私はそういう読み方はしませんので、あしからず。
 (自分の嗜好と、舌の直感と、passionと、著者の人生に対する、あるいは芸術に対する姿勢で、好き嫌いが決まってしまうのです。お許しくださいませ)
 
 

 

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