先日、京都のメタモルフォーゼにお伺いしたときに、
この漫画のポスターを見つけまして、大変興味深いテーマだったので
一気に購入、読了いたしました。
お話はまだ続いていますが、3巻までの話をざっくりというと
主人公の女子大生マミは、その外見からロリィタに憧れをもつも、着ることには抵抗を感じてしまう。
しかし、とある男性の生き様に勇気をもらって、ロリィタを着るようになる。
ところが、それが家族にばれて家庭崩壊の一歩手前になったり、
ロリィタ仲間だと思っていた子が「男受けしない」のを理由にやめようとしたり、
ロリィタの時が本当の自分だと思っていたのが、実はそうじゃなかったり。
ロリィタを志すヒトにとっての試練の連続。
でも、それを乗り越えていくことによって、ヒトとしても成長していく・・・。
そんな内容がとても心地よく思える作品でした。
そこで、ふと自分のことを思い返すんです。
「自分が着たい服を着て、何が悪い?」
というのは昔から抱いていた思いでございまして、
そこに周囲がごちゃごちゃ言う必要も無いし、
その心意気を以てすれば他人にどう見られようとも関係ないんじゃないかと。
でも、そこを一歩踏み出せない、ロリィタ“あるある”もこの作品にはちりばめられています。
特に、周囲から好奇な目で見られるってのは鉄板ですね。
「(ロリィタが)男受けしない」というのもそこからきていました。
『一緒に並んで歩くのが恥ずかしい』だそうですわ。
でも、私はそういうことを言うのであれば、無理に合わせようとはしたくないです。
そんなんだったら、ゴメンナサイですよ。
そういう関係って、絶対どっかで無理がたたって支障を来します。
だったら、最初からオープンにして、YESかNOか。
NOだったら、そもそもご縁がなかっただけのことですよ。
まあ、その後どうなったかは、漫画を読んでもらうこととして。
漫画の中で、主人公が介護等体験実習において、老人ホームでロリィタを披露する場面がございます。
それも、かなり考えた末での行動ですが。
考えてみたら、私はそれよりもいち早く、老人ホームでロリィタを披露しているんだよなぁ・・・と。
いや、先日のナショナルカンファレンスもそうですけど、どえりゃあことやっとんじゃん。
私がロリィタを始めたのはちょうど10年ほど前のこと。
化粧も自分でやりましたけど、それで家族が云々言うことはありませんでした。
また、好奇な目で見られることはありましたけど、
以てお近づきになりたいという方が多くて、おかげでたくさんのご縁をいただきました。
※好奇な目で見られることの例(笑)
それは、ビジネスでも同じで、BNIではメインプレゼンテーションはロリィタでやるってのがお約束になりました。
また、昨年10月から加入した倫理法人会でも、ロリィタは素直に受け入れていただきました。
私は本当に嬉しかった。
もともと自分が好きでやっていたことが、自分にとってもプラスになったし、
こんなにもたくさんの方を喜ばせることにも貢献できたのだから。
※主催者のリクエストにお応えして、ロリィタで合唱を披露
だから、最近ではイベント事に参加するとき、様々な事情からロリィタでなかったとき
「どうして、あの格好(ロリィタ)じゃないの?」と
ガッカリさせてしまうこともしばしばで。
なので、私の環境ってのはとても恵まれているのではないかと思うのです。
確かにざわつきこそされたけれども、面と向かって傷つけられるようなことは言われたことないし
(ネット上は知りませんよ。でもそれを知る必要も無いでしょう)、逆に楽しみにしていてくれたり、喜んでくれたり。
私は、それが嬉しいんですよ。本当にロリィタやってよかったと思うのです。
だから、止めるつもりもないし、この生き様を自分が納得がいかなくなるまで続けるつもりです。
そして、私の願いは
やっぱり自分が好きだと思ったことは思い切ってやろうよ。
着たい服だって着ようよ。そんな人たちがもっともっと出てくることですね。
ロリィタにしても、せっかく日本で生まれたKawaii文化であるにもかかわらず、
たかがそれだけのことで衰退してしまうのはあまりにも悲しすぎます。
日本のロリィタにあこがれて、海外のロリィタさんが満を持して、聖地原宿へやってきたとき、
ロリィタちゃんを全く見かけることがなくて、がっかりしただとか。
せっかくお金を貯めてロリィタ服を買ったのに、外に出るのが怖くて、
自宅でこっそり着て、鏡見て、それでおしまいとか。
そんな馬鹿な話があるか!
私はオトコではありますが、もっともっとロリィタ文化というのを広めたいと思っています。
そうすれば、こんな息苦しい世の中が、もう少し生きやすくなるんじゃないかと。
世の中思い通りに生きられないけれど。
ロリィタってのは決して茨の道ではない。
ファッションのひとつであって、ブランドものを身につけるのと同じ。
ユニクロやH&Mを着るのと同じなのです。
あくまでも自己表現のひとつであって、特別なものではない。
だから、私はロリィタを着ています。