このソナタは、モーツァルトの生涯における非常に困難な時期に作曲されたため、彼の個人的な悲しみが深く投影されている作品として知られています。
私は初めて聞いた時、小学生の4年生だったか、吉田秀和さんがナビゲーターのNHK-FMの名曲の楽しみ~モーツァルトへの旅という長寿番組の中ででしたが、物凄い衝撃を受けました。静かな中に噛み締めるような悲しさを感じて、モーツァルトを聴き始めて初めての感覚だったのです。特に第二楽章のメヌエットは、涙が出るほど美しい曲です。
作曲の背景
-
作曲年・場所: 1778年、パリ
-
悲劇的な出来事: モーツァルトはこの年、母アンナ・マリアと共に就職活動のためにパリに滞在していました。しかし、仕事探しはうまくいかず、経済的にも困窮する中、最愛の母が病に倒れ、7月3日にパリで客死してしまいます。このソナタは、母の死という深い悲しみの中で作曲されたと考えられています。
楽曲の特徴
この作品が持つ暗く、切ない雰囲気は、上記の背景と無関係ではないとされています。特筆すべき点をいくつか挙げます。
-
-
珍しい調性: モーツァルトが器楽曲で「ホ短調(E minor)」を用いたのは、この一曲だけです。このことからも、この曲が彼にとっていかに特別な感情を表現したものだったかがうかがえます。
-
異例の2楽章構成: 当時のソナタは3楽章または4楽章で構成されるのが一般的でしたが、この曲は2つの楽章のみで書かれています
各楽章の解説:
-
第1楽章 (Allegro):
冒頭、ヴァイオリンとピアノがユニゾン(同じ旋律)で力強く、しかし悲しみに満ちたテーマを奏でます。この開始部分は非常に印象的で、聴く人の心を一気につかみます。楽章全体を通して、激情と諦めが入り混じったような、緊迫感のある音楽が続きます。 -
第2楽章 (Tempo di Menuetto):
「メヌエットの速さで」と指示されていますが、宮廷の優雅な舞曲とは全く異なり、内省的で深い哀愁を帯びた音楽です。中間部ではホ長調に転調し、一筋の光が差し込むかのような穏やかで美しい瞬間が訪れますが、それも長くは続かず、再び冒頭の悲しいテーマに戻り、静かに曲を閉じます。この長調と短調の対比が、失われた幸福な時への追憶と現在の悲しみを表現しているようで、胸を打ちます。
まとめ
モーツァルトのヴァイオリン・ソナタ ホ短調 K. 304は、彼の個人的な悲劇から生まれた、類まれな傑作です。技術的な華やかさよりも、深い精神性と感情の表現が際立っており、モーツァルトの「短調の傑作」の一つとして、今日でも頻繁に演奏されています。昔は28番とか21番とかいわれていましたが、モーツァルト新全集では14番とされています。
ちなみにこの曲に関してはRyo Sasakiさんが詳しく解説と考察を加えて書かれていますので読んでみてください。 -
-
