Bruckner : String Quintet in F major, WAB112
退院後やっと一カ月経った。思えば家の中での普段着はパジャマのままになっていて、夕方歩行練習に出かける以外は病人スタイルを続けている。毎日薬を10種類飲んでいるものの、日中ベッドに横になることはめっきり少なくなった。
そんな中、長年合奏仲間だったヴィオラのE氏が脳出血で急逝したとの報が入った。年齢からすれば天寿を全うしたと言ってもいいくらいなのだが、突然の別れはやはり悲しかった。自分からはどうにも動けず、ご冥福をお祈りするしかなかった。その人に関わる挿話の一つとして回想したのが、ブルックナーの弦楽五重奏曲のことだった。
ある時、様々な編成の弦楽五重奏曲に絞った「弦五の会」をやろうという企画が持ちあがった。普段は室内楽の中心は弦楽四重奏曲と相場が決まっているのだが、弦楽五重奏曲だってその編成の多様さも含め、捨てがたい魅力があるのだが、メンバーを5人も集める手間がネックでもあった。この企画が発表になってまもなく、当のヴィオラのEさんから勧誘のメールが来た。「長年やりたいと思っていたブルックナーの弦五をエントリーしたい」と言うのだった。確かにこの渋い名品を奏く機会はそうそうなさそうだと思っていたので快諾した。顔の広いEさんが集めたメンバーに不足はなかった。練習は熱の入ったものになったが、他の会への顔出しが多いEさんはどうしても練習時間が取れずに、譜読み不足で苦笑する場面もあった。総体的には曲想の奥深さと共に記憶に残る機会となった。
ブルックナーの弦五は、カルテットに第2ヴィオラを加えた標準的な編成である。1879年55歳の頃の作曲で、交響曲第6番と同時期に当たる。しかし5年後の1884年60歳のときに改訂されて現在の版となっている。楽譜は IMSLP でオイレンブルク(Eulenburg)版をはじめ各種のスコアとパート譜が参照できる。
https://imslp.org/wiki/String_Quintet,_WAB_112_(Bruckner,_Anton)
第1楽章:モデラート
Bruckner: String Quintet In F Major, WAB 112 - 1. Gemässigt
Amadeus Quartet + Cecil Aronowitz(va)
印象的な第1主題は深い山麓にたなびく霧雲のようにゆったりと下降しながらもわき上がる動きも見せる。
続くモティーフは付点を効かせた森の響きが木霊のように反響しあう。
ブルックナー特有の突然切断したような終止。その無音の後から立ち上がる新しいテーマも味わいがある。
第2楽章:スケルツォ
String Quintet in F: Scherzo
Alberni String Quartet + Garfield Jackson(va)
これもブルックナーらしいテーマ。4分の3拍子だが、2小節にまたがって6拍子のようにも聞こえる。他の弦が刻む歩みには前進する意志が感じられる。
やや牧歌的なトリオでは、ヴァイオリン2人とヴィオラ2人の対話のようにも思える。
第3楽章:アダージォ
String Quintet in F Major, WAB 112: III. Adagio
Sonare Quartet + Vladimir Mendelssohn(va)
この楽章のみが1884年の改訂で新たに第3楽章に加えられた。♭6つのおそらく変ト長調と思われる五重奏による至高の響き。第1ヴァイオリンの美しい歌に深みを加える。ある意味ではベートーヴェンやブラームスよりも優っているようにも感じる。
ブルックナーにはしばしば狩の角笛のような伸びやかな響きのテーマが登場する。弦楽ではそれを低弦のG線やヴィオラではC線を使わせて奥行きを出している。
第4楽章:フィナーレ、
String Quintet in F Major, WAB 112: IV. Finale: Lebhaft bewegt
Fine Arts Quartet + Gil Sharon(va)
ブルックナーの生年は1824年でロマン派中期の年代の人なのだが、作曲活動に本格的に入ったのが40歳代なので、ブラームスと同世代のように考えられてしまう。このフィナーレの構成を見ても彼が後期ロマン派の推進者であったような独創的な話法、語法を感じる。ブルックナーの音響の独自性は際立っている。
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