HUMAN LOG -83ページ目

狂気を飼う

狂気を飼う

自分の中に、得体の知れない感情があることを
感じることがありませんか。
醜い感情は、ある時崩壊しそうな心を
ぎりぎりのところで救ってくれます。
物理的な限界を越える時の最後の起爆剤にもなります。
この狂気というやつは誰しも持っている、
人間の証のようなものではないでしょうか。
使い方次第で毒にも薬にもなる狂気というやつは、
コントロールが難しい。
そしてそんな難物を、難物とわかっていながら
みんな自分の中に持っているのだと思います。


はじまりは何だったのか

はじまりは何だったのか

人であれ物事であれ、原型というものがあって
それが様々な要因や時間の流れによって、
今のカタチに変化していったのだと思います。
では、元々はどんなカタチだったのか。
それ自体が問題解決になるとは言えませんが
そのことを考えることで、とりこぼしたものを少し
拾い上げることができそうな気がします。
例えば、物事の変化にはきっかけがあって、
その存在を知ることで「腑に落ちる」ことは
できたりするんじゃないでしょうか。
例えば、自分はどんな親から生まれてきたのか、
どんな環境の中で育ってきたのかとかを考えると
自分の中にある価値観が
ある日突如生まれたものではないことに気づいたり、
その発想の原点が見えてくるかもしれません。
そしてあらゆるものは連綿と連なり、
それ自体に善も悪もないような気がしてきます。



違うふうに考えてみる

違うふうに考えてみる

考えることに集中すると、集中するあまり考えが凝固してしまい
柔軟な発想が生まれなくなることがあります。
発想の柔軟さは、考える基点を変えることができる
機動性なのではないでしょうか。
ある基点から考えた答がうまく機能するものでもそうでなくても
それを一度捨てて、別の観点を探すことは
それ以上の答を見つける可能性を持っているし、
見つけた答をより納得いくものにしてくれる可能性も持っている。
そしてなにより答がひとつじゃないことを
いつも思い出させてくれます。