HUMAN LOG -103ページ目

思考や感情は発露を求めてる。
あらゆるイメージは実現されたがってるとしたら
声にするってことはスタートすることに近い。
自分自身の声を自分自身の鼓膜で確認することで
イメージは強化され、実現に向かうのだと思います。
自分の声は、自分を導いてくれる。

生きていればきっといいことがある、なんて
無責任に言える時代じゃない。
死んだ方がマシと思える瞬間が
そんじょそこらにゴロゴロしてる。
でもね、でもやっぱり
生きていく意思を持ってほしいと思うのです。
無責任をわかっていながらそう願ってしまうのです。

声に触れることは、物理的にできないのですが、
音は鼓膜だけで感じるものじゃなく、
もっと体全体で感じるものじゃないかと、
実はそう感じているんじゃないかと思うのです。
その音が誰かの声ならなおさらそうじゃないですか?

