チベット人に教える日本語 | 何故か、台湾にて

何故か、台湾にて

気がついたら台湾にいました。

ところてんのように生きています。

週一回、チベット族の学生さん五人に
日本語を教えています。

平仮名から始まる、基礎からのスタート。

元日本語教師、それぐらいはお手の物…と思いきや
苦戦しています。








元々、その五人には
私の友達が教えていた。

しかし、数回教えてみたけれど
いまいち教え方がわからない、と相談され
私が教えることに。

そこで発覚したのが
教科書問題。

既に五人は、教科書を持っていた。
厄介な教科書を。


まず、解説は全てチベット語。
意味不明。

チベット人の母語は、チベット語。
中国語も上手で、私との会話は中国語だけど
チベット人同士の会話は、やはりチベット語。


もちろん、私はチベット語なんてわからない。
日本語の部分を見て

「ここは、この文法を教える課なんだな」

ということはわかる。
しかし、どう解説されているのかはわからない。


そして、この教科書
明らかに古い。

例えば単語では、最初の課に「万年筆」が出てくる。

「万年筆って何?ボールペンのこと?」

と質問され、私自信

「万年筆って、何をもって万年筆とするんだろう…」

と悩む。

万年筆なんて最近使わないし
発音も難しい。

一人は何故か、どうしても
「まんねんひつ」という発音が「はなみず」になってしまい

「これは私の鼻水です」

と言うので困る。

「万年筆のことは、もう忘れてください」

と言ってみたけれど、最初の課に出てきた単語というのは
絶対忘れないものだ。



次の課の新出単語の欄には

「くださる」

というのがある。

くださるって、どういうことだ?と思っても
訳はチベット語なので、どういう意味で出てきているのか、わからない。

中国語で、皆に

「この“くださる”って、どう訳されてる?」

と聞いてみると

「“給我”(私にください)って書いてある」

と言う。


どういうことだろう。
「ください」のミスプリントだろうか。

若い外国人が、突然

「このりんご、くださる?」

なんて言ったら、なんかちょっと嫌だな。


などなど考え

「これ、ミスプリントです。
 “ください”に直してください。」

と言った。



自己紹介の課を教えていたとき。

“幸太”という日本語名の学生さんが
突然、こんなことを言った。

「私は幸太でございます。」

私は驚き、「えっ!?」と言って彼を見る。
彼は、きょとんとして

「前、そう習ったことがあるんだけど」

と言った。
一体、どんな貴婦人から習ったのか。



いざ、練習問題。

「以下のチベット語を日本語にしなさい」

私には原文がわからない。
学生さん達は必死に、書いてあるチベット語を日本語にしようとする。

「これ…この…田中!」

「このえんぴつは…田中!」

「このえんぴつは…田中です!」

皆、どうか落ち着いて。









大変なことは多いですが
毎回、なんだかとても楽しく教えています。

チベットの子達は皆、純朴で、きらきらしています。

きらきらとした目で、「あ」と「お」を間違い

「おれはえんぴつです」

なんて言われると、もう、たまりません。