術後ホルモン療法は何のため? | 広島大学病院乳腺外科ブログ ~広島の乳がん医療に取り組みます~

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広島大学病院 乳腺外科の笹田です。

先日、1つの論文が公表されました。

1cm以下のルミナルタイプの乳がんの予後とホルモン療法の効果、がテーマです。

つまり、もともと予後良好といわれてる乳がんでも、術後ホルモン療法は効果を発揮するか、ということです。

 

いつもは自前のデータをちまちまと発表しているのですが、

今回は珍しく、JCOGという臨床試験グループに参加している施設データを集めて、解析しています。

いわゆる臨床試験というものとは違って、過去のデータを利用しますので、いろいろな信頼性は落ちますが、比較的短期間で結果を公表することができます。

とはいえ、全国42施設から収集したデータですので、なかなかに膨大な量のデータです。

 

ひょんな機会があり、私はこのテーマを引き継いだのですが、もともとは、

JCOGの患者参画委員会の中で、参加していた患者さんから『できれば、ホルモン療法をしたくない』という希望から始まったそうです。

*この『できれば、』というのが曲者ですが、今日は置いておきます。

*患者さんと研究者との間で希望や視点の違いがあるため、患者さんの希望を反映するような臨床試験を計画しよう、という活動が増えてきています。

 

この話を聞いたとき、4年ほど前のブログに書いたことを思い出しました(2019年6月14日)。

抗がん剤とホルモン剤はどっちがしんどい??? | 広島大学病院乳腺外科ブログ ~広島の乳がん医療に取り組みます~ (ameblo.jp)

結構反響があったので、よく覚えていますが、ホルモン療法で苦労されている方は大勢いるということは認識していました。

 

乳がんに限りませんが、もともと『がん』の術後治療の多くは、

手術だけでは再発をきたす人が多く、予後が不良

な方に、再発を減らして、治癒率を高める、結果として長生きにもつながる、ということを目指しています。

手術だけでも予後良好な方には、術後治療はいらないでしょ、という考え方もあります。

 

さて、論文の内容に少し触れますが、

手術後9年目の遠隔再発割合を主要評価項目(一番注目する結果)としています。

再発の種類は、局所再発(手術した側の乳房または胸壁)、領域再発(リンパ節)、遠隔再発(初発であればステージ4に相当する場所)、に分類されます。

その中でも、遠隔再発はリカバーが難しく生命に関わる、という点で重要視しています。

 

結果として、9年目の遠隔再発割合は、

・ホルモン療法なし:2.6%

・ホルモン療法あり:1.5%

であり、これは統計学的に有意差をもって、ホルモン療法を行った方が遠隔再発割合は低い、という結果です(図A)。

figure 1

(A:遠隔再発割合、B:無遠隔転移生存期間、C:無病生存期間、D:全生存期間)

 

つまり、1cm以下のルミナルタイプの乳がんの方は、手術(温存術の場合は術後放射線療法を含む)の後にホルモン療法を受けることで、9年目の遠隔再発を約1%減らすことができる、ということです。表現を変えれば、半分に減らす、とも言えます。

人数で言えば、100人に1人程度の方が、ホルモン療法の恩恵を受けることになります。

逆に言えば、残りの99人の方は、ホルモン療法をしてもしなくても変わらないことになります。

*より再発リスクが低い方(グレードが低い、リンパ管侵襲がない)であっても、ホルモン療法は同じような効果を示していました。

 

実は、この結果だけで、治療を決めることは難しいです。理由は、

・1%の予防効果をどう判断するかは、人によって違う

・ホルモン療法の効果は、遠隔再発を予防するだけではない

 

ホルモン療法はの効果は、大きく2つです。

①局所再発・領域再発を含めて、再発を予防し、生存期間を延長する

②新しい乳がんの発生を予防する(温存乳房または反対側の乳房)

 

この論文が対象にした予後良好の乳がんの方では、②の予防効果の方が強いです。

 

患者参画委員会に参加していた患者さんの中だけでもいろいろな意見がありました。

『1%なら意味ないから、しない』

『1%の効果があるなら、する』

『遠隔再発だけでなく、局所・領域再発の予防も考えて決めたい』

『再発予防効果がなくても、新しい乳がんの発生を予防するなら、したいかも』

 

臨床試験だけでは、このような多様な価値観に答えられそうにありません。

 

患者さんは、治療にどのような効果、どの程度の効果を期待しますか?

また、その効果のためにどのくらいの犠牲(副作用、医療費、通院診療時間など)を払うことができますか?

 

そのようなことを担当医と相談することができれば、ガイドラインで標準治療と書かれている治療以外にも、選択肢が出てくるかもしれません。

そして、それはその人にとって、標準治療よりも適切な選択肢であるかもしれません。

 

論文は英語ですが、無料で閲覧できますので、リンクをつけておきます。

Prognostic impact of adjuvant endocrine therapy for estrogen receptor-positive and HER2-negative T1a/bN0M0 breast cancer | Breast Cancer Research and Treatment (springer.com)

 

 

でも本当は、病気のことを考えるより、娘と遊ぶ方が楽しいです。

粘土にビーズを付けて遊んでいましたが、新種の生物?が生まれていました。